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肺がん検診の胸部X線読影判定基準をめぐる問題とその改訂【OPINION】

No.4685 (2014年02月08日発行) P.12

佐川元保 (日本肺癌学会集団検診委員会・同胸部X線写真による肺癌検診小委員会)

中山富雄 (日本肺癌学会集団検診委員会・同胸部X線写真による肺癌検診小委員会)

小中千守 (日本肺癌学会集団検診委員会・同胸部X線写真による肺癌検診小委員会)

村田喜代史 (日本肺癌学会集団検診委員会・同胸部X線写真による肺癌検診小委員会)

小林 健 (日本肺癌学会集団検診委員会・同胸部X線写真による肺癌検診小委員会)

丹羽 宏 (日本肺癌学会集団検診委員会・同胸部X線写真による肺癌検診小委員会)

遠藤千顕 (日本肺癌学会集団検診委員会・同胸部X線写真による肺癌検診小委員会)

祖父江友孝 (日本肺癌学会集団検診委員会・同胸部X線写真による肺癌検診小委員会)

近藤 丘 (日本肺癌学会集団検診委員会・同胸部X線写真による肺癌検診小委員会)

登録日: 2014-02-08

最終更新日: 2017-09-21

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はじめに

我が国の肺がん検診は現在、胸部X線写真と高危険群に対する喀痰細胞診の併用が行われている。胸部X線写真の読影判定基準は、肺癌取扱い規約の「肺癌集団検診の手引き」1)に収載されているが、2012年2月にその見直しが行われた。改訂内容は学会ホームページなどで公表されているが、全国的に十分周知されているとは言い難い。また、数年前に各都道府県を通じて通達された読影判定基準のD、E判定の適切な振分けに関しても、未だに誤って行われている地域がある。

これらの判定基準を国内全域に浸透させることは本邦の肺がん検診の精度管理にとってきわめて重要であることから、日本肺癌学会集団検診委員会では、総説2)3)を日本肺癌学会機関誌に掲載するなど広報に力を注いでいる。しかしながら、日本肺癌学会会員以外への広報は十分とは言えない。肺がん検診は市町村から郡市区医師会に委託されている場合もあり、また委託されていない場合でも、X線の読影には多数の地域の医師に協力を仰いでいる。本稿は、その面から、地域で肺がん検診に関与されている医師に今回の改訂の背景と狙いについて理解を深めていただくことを目的とした。なお、本論文の性質上、前述した総説と一部表記に重複があることをあらかじめお断りしたい。

改定前の判定基準

改訂前の「肺癌集団検診の手引き」には、胸部X線読影における判定基準が次のように示されている。要約すれば、

A:読影不能 ➡ 再撮影
B:異常なし ➡ 定期検診
C:異常あるが精査不要 ➡ 定期検診
D:‌肺癌以外の疾患を疑う  ➡ 肺癌以外としての精密検査
E:肺癌を疑う ➡ 肺癌としての精密検査

ということになる。
この判定基準は有用なものではあったが、いくつかの欠陥が以前から指摘されており改善が迫られていた。

最大の問題点:DとEの判別

最大の問題点は、DとEの基準が地区により異なる、すなわち「肺癌以外の疾患を考えるが、肺癌の可能性も否定できない」という陰影を「E」に分類している地域と「D」に分類している地域が混在していることであった。そのため、要精検率などの精度管理指標は地域を越えて比較できなかったのである。

厚労省の「がん検診事業の評価に関する委員会」は2008年に報告書「今後の我が国におけるがん検診事業評価の在り方について」4)をまとめ、要精検率・精検受診率などの精度管理指標を市町村別・検診実施機関別に比較し公開していくべきであることを示した。数値を比較するためには判定基準の統一が必須であり、DE判定の統一が喫緊の課題となったのである。

肺癌の疑いが少しでもあればE判定

各地域で長い間浸透していた判定基準を変更することは困難であったが避けられないことであった。一般論として、がん検診の判定基準は「スクリーニング陽性」「スクリーニング陰性」の2つに分けるのが大前提となる。
「スクリーニング陽性」とは「当該がんの疑いにより精密検査が必要」ということなので、まさしく判定Eに相当する。

ここで、一部地域で運用されているように「肺癌の疑いは少ないが存在する」をDと判定することを認めると、Dも「スクリーニング陽性」ということになる。その場合、Dとして判定されている「気胸」や「大動脈瘤」も「スクリーニング陽性」となってしまい、がん検診としてはおかしなことになる。取扱い規約でも「肺癌の疑いが少しでもあればE」と明記されていることから、それを徹底する方針となった。

D判定から見つかった肺癌は検診発見例にカウントできない

前項で述べたように「D」を取扱い規約の字義通りに「肺癌を疑わない」とするので、「D」は肺がん検診としては「スクリーニング陰性」となる。そのため、Dから肺がんが発見されても「検診発見」にカウントしてはいけないことになった。肺がん検診としての「スクリーニング陽性」は「E」のみとなるので、要精検率、精検受診率、がん発見率などもEのみで算出する。

このことは、肺がん検診の報告様式である「健康増進事業報告」の表5)を見れば明白である。すなわち「受診者」の中から「要精検者」が、その中から「精検受診者」が、そして、その中から「がんであった者」が絞り込まれてくるわけであり、「要精検者」でなかった者が、表の途中から突然「がんであった者」として出現すれば集計不能なのである。これまでは、要精検率は「E」のみで低めに、がん発見率は「D+E」で高めに算出している地域もあったが、今後は一切なくなることが期待される。



検診では、スクリーニングでチェックした場所以外で癌が発見される、いわゆる「やぶにらみ発見例」と言われる場合がある。詳細は割愛するが、これらは「検診発見例」として計上してよい。しかし、「D」からの発見例は「スクリーニング陰性例」から発見されたことになるので処理ができないのである。

再度強調したいが、「D」判定の精査から見つかった肺癌は、検診発見例にカウントできないので、「肺炎の疑いが95%だが肺胞上皮癌の疑いも否定はできない」「良性胸水の疑いだが癌性胸膜炎の可能性も完全に否定できない」というようなものも「E」と判定する必要がある。

検診の判定は、病名診断が目的ではなく、スクリーニング陽性か陰性かを決定するものである。結果的にEが少し増えて陽性反応適中度が少し下がるが、それは許容される。Dから癌が発見されても検診発見例としてカウントできなかったり、誤って検診発見例としてカウントしてしまうよりは、はるかにましである。

本論文の読者諸氏の地域でもありうることだが、現状で「肺癌の疑いがわずかながらある」という例を「D」と判定している地域では、早急に「E」判定に変更するように強く求めたい。「E1」「E2」というカテゴリーを導入し、これまでの「肺癌をわずかに疑うD」は「E1」、「肺癌を強く疑うE」は「E2」というように方向付けすることも、1つの方法である。

D、C判定の問題

次の問題は「DとCの違いは何か」、すなわち肺癌以外の疾患をどこから精査に回すべきか、という点であるが、最終的に以下のように結論付けられた。

「肺がん検診」として行われているものは「肺がん」に対する検診であり、すべての異常を見つけることを受診者と約束しているものではない。医療機関の外来を受診する患者は、現実的に体調が悪く「診断」を期待しているが、検診の受診者は結果的に自分にとって有益でないものを見つけてほしいわけではない。

検診においては、ある疾患を検診で見つけて治療した場合の予後の改善の程度と、それに費やす金銭・労力・不安感などを天秤にかけるわけだが、その前提として「予後改善が証明されている」ことが必須である。肺がん検診において付帯的に発見される良性疾患のほとんどは予後改善が証明されていない。ここでいう証明というのは、例えば「ある疾患の患者に薬剤Aで治療して予後が改善した」というのではダメであり、「検診で見つけたその疾患の患者に薬剤Aで治療すると、検診せずに病院受診になってから薬剤Aで治療した場合よりも有益である」ということが証明できなければ、受診者を検診で要精検とする根拠にはならない。したがって、「肺がん検診」においては、肺癌以外の疾患を精査に回す場合には、「有益性が明らかであるもの」に限定すべきであろう。

肺癌以外の疾患で治療を要する状態がD判定

前項のような考えに基づき、D判定は「異常所見を認めるが、肺癌以外の疾患が考えられる」から「異常所見を認め、肺癌以外の疾患で治療を要する状態が考えられる」と改訂された。さらに付記として「肺癌以外の疾患を疑うが、急いで精密検査や治療を行わないと、本人や周囲の人間に大きな不利益があるようなもの。疾患が疑われても急いで精査や治療を必要としない場合には『C』と判定する」と明記された。

D2「活動性非結核肺病変」については最も議論があったが、最終的に「肺炎、気胸など治療を要する状態を疑う」という文言にまとまった。肺気腫や肺線維症などの慢性肺疾患のほとんどは基本的には「C」とすべきものが多いが、読影者の裁量を残すようにした。ただし、結果的に精検することが有益でなかった場合、「要精検」に回されること自体が受診者にとって不利益であることは、読影する医師にはよく理解していただきたい。

C、B判定の問題

最後の問題は、C「異常あるが精査不要」とB「異常なし」をどこで分けるか、という問題であった。「異常」を定義することは「正常」を定義することでもある。しかしながら、「異常」と感じる範囲は医師により様々であり、奇静脈葉や肋骨奇形が異常か正常亜型かは、読影者によって感じ方が異なり、それらすべてについて規定し遵守させることは非現実的と思われた。

そのため、B判定の文言は「異常所見を認めない。正常亜型(心膜傍脂肪組織、横隔膜のテント状・穹窿上変形、胸膜下脂肪組織による随伴陰影、右心縁の2重陰影など)を含む」という文言に落ち着いた。書き込んだものは正常亜型としてまったく問題がないと思われるものであり、それ以外のものに関しては、実害は生じないことから読影者の裁量に任せた。

これらの判定基準改訂作業中に、日本肺癌学会集団検診委員会・胸部X線写真による肺癌検診小委員会により上梓された「肺がん検診のための胸部X線読影テキスト」6)には、新旧の判定基準(新基準は「補足」として追加されている)を載せるとともに、実例を挙げて解説を加えている。

まとめ

上記のような検討の結果、肺癌取扱い規約も改訂され、日本肺癌学会ホームページ上で公表されている7)。これまで「肺癌の疑いはあるが、わずかである」という例を「D」としていた地域では、今後「D」では通用しないので、早急に「E」または「E1」に変更していただきたい。

なお、本論文とは直接関連がないが、検診の精度管理に多大な影響があることから、最後に1つ付け加えたい。それは、自治体や検診機関からの検診後の精査結果の調査に対して、個人情報保護法を盾に医療機関が調査に応じない場合があることである。これは法律に対するまったくの誤解である。

個人情報保護法そのもの(第23条「除外規定」の三項 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき)8)、およびその適用に関する厚生労働省のガイドライン(がん検診の精度管理のための地方公共団体又は地方公共団体から委託を受けた検診機関に対する精密検査結果の情報提供)9)で、「個人情報保護法の例外として本人の同意を得る必要がない」ということが明確に述べられており、自治体条例などで別個に規定されていない限り、法的にまったく問題ないことをご理解いただきたい。精査結果を把握せずには検診の精度を高く維持できないので、今後もご協力をお願いしたい

●文 献

1) 日本肺癌学会集団検診委員会:肺癌取扱い規約 第7版. 日本肺癌学会, 編. 金原出版, 2010, p179-97.

2) ‌佐川元保, 他:肺癌. 2013;53:309.

3) ‌佐川元保, 他:肺癌. 2013;53:314.

4) ‌厚生労働省「がん検診事業の評価に関する委員会」:「今後の我が国におけるがん検診事業評価の在り方について」報告書. 2008.
 ‌[www.mhlw.go.jp/shingi/2008/03/dl/s0301-4c.pdf]

5) ‌厚生労働省:地域保健・健康増進事業報告. p58-69.
 ‌[www.mhlw.go.jp/toukei/chousahyo/dl/chiikihoken_roujinhokenjigyou/H22.pdf]

6) ‌日本肺癌学会集団検診委員会胸部X線写真による肺癌検診小委員会:肺がん検診のための胸部X線読影テキスト.金原出版, 2012, p45-159.

7) ‌日本肺癌学会集団検診委員会:肺癌検診における胸部X線検査の判定基準と指導区分. 2012.
 ‌[www.haigan.gr.jp/uploads/photos/402.pdf]

8) 消費者庁ホームページ:個人情報保護法
 ‌[www.caa.go.jp/seikatsu/kojin/houritsu/index.html]

9) 厚生労働省:医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン. 2004.
 ‌[www.mhlw.go.jp/houdou/2004/12/dl/h1227-6a.pdf]

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