(三重県 K)
成年後見人は財産の管理人の側面が強調されており,この点につき公正を求めるために第三者である法律職の人たちが成年後見人の任につくことが多くなってきています。そうなると,第三者ですので,他人の生死について判断することは大変ストレスのかかる事項になってしまいます。そのような背景もあり,成年後見人には,医療における同意権はないということが基本的な認識になっています。そのため,質問者のご経験の通りの回答が行われます。なお,親族が後見人になった場合,親族の立場として同意権がありますので,その点は区別をお願いします。
次に本題の委任を受けた施設の人の判断で,透析導入等の重要な治療に対する同意ができるかという問題への回答です。結論から言いますと,私の意見では「できない」と考えます。
基本的に,どのような委任が行われているかによって結論は異なりますが,一般的には初期対応について委任していると考えられます。私の著書で取り上げたたとえも「入所者らが入所施設との間で,医療機関の受診についてその判断等を委任するような契約をしている場合」として,初期対応についての委任の場合を挙げています。そうして,その場合には,その施設の職員に医療事項の判断権が存在することになります。ですからそのような場合には,「施設の職員の判断で医療事項を決めることができます」と記載しています。
ただし,間違ってはならないのは,この施設の職員が持つ医療事項の判断権の範囲は委任されている内容によることになるという点です。たとえば,「発熱等の症状があるときに施設の判断で病院に連れて行く」という内容の委任があれば,発熱等の症状の確認を前提に医療機関を受診する判断は施設に任されていることになるので,その権限のもとに医療機関との診療契約を結ぶことが可能となります。そして,そこには通常の受診であれば行うであろう医療行為(診察,採血,点滴等)への同意権までは含まれていると考えられます。
それでは,このような委任がある場合に,癌の手術の同意権や,ご質問のような透析導入の同意権まであるのでしょうか。これについて,私自身は「ない」と考えます。その理由としては,この委任の範囲に根拠があります。このような委任はどのような趣旨かと言えば,病院の受診が必要なとき,家族に連絡を取って同意を得るなどの時間的なロスがなく病院を受診することで,患者本人の利益を図ろうというものです。
そうすると,その委任の範囲は,初診時の診療契約の締結とそれに付随する検査や治療への同意です。その考えを前提とすると,診断がつき,侵襲性の高い処置を行う際,その医療行為への同意権までは認められないはずです。なぜなら,委任の範囲は,スムーズな受診により時間のロスをなくすまでであり,その後,この患者本人の人生に関わるような事態にまで委任されているとは考えられないからです。つまり,診断や初期治療までは時間のロスは重要ですが,その後の本格的な治療は急がなければならないというものではないですし,家族の判断を仰ぐ時間も十分にとれるため,患者の利益を最重要と考えるならば,患者本人の家族の判断を仰ぐべきだからです。
ただし,心筋梗塞時のPCI(percutaneous coronary intervention)などの緊急時は,今回の解説であれば同意権が施設職員にあるとも考えられます。しかし,このような場合でも,受診から診断までの時間のロスは患者の利益を大きく阻害しますが,その後の治療の是非の判断までには時間的猶予があり,家族の判断を仰ぐ時間は十分にとることができると考えられるので,緊急の手術等の場合も施設職員に同意権はないと考えられます。
以上の通りですので,最初に書いたように,「施設の人の判断で,透析導入等の重要な治療に対する同意ができるか」というご質問については,「できない」という回答になります。
【回答者】
長谷部圭司 北浜法律事務所・外国法共同事業 大阪事務所 弁護士