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(5)長引く咳の診断戦略[特集:長引く咳はこう診る]

No.4920 (2018年08月11日発行) P.52

志水太郎 (獨協医科大学病院総合診療科部長)

登録日: 2018-08-13

最終更新日: 2018-08-07

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困難な症例ではSystem 1を過信せず,重層的にSystem 2を用いる

鑑別においても“Narrow is beautiful”のアートをめざす精神は訓練の学年が上がるにつれて大事である

医師が学ぶべき師は患者である

1. 長引く咳の診断

本稿は,一筋縄ではいかない長引く咳の診断を,診断戦略的な視点で解説した。個人情報保護のため詳細情報はすべて変えている。

2. 実際の症例

1 問診

57歳,女性。8カ月続く慢性の咳で来院。

[現病歴]

特にこれといった慢性疾患の既往のない57歳,女性。8カ月くらい前からときどき痰が絡む咳が出るようになった。このように咳が長引いたことは今までなかった。最初に咳を自覚したのは,喉の風邪を引いたあとに咳が残り,よくなってもしばらくするとまた咳が出て,その後もずっと続いている,ということだった。これまでの人生でも風邪のあとに咳が残ることがあったが,それもせいぜい1週間程度だったという。

咳は朝夜の変化,体温,気温,季節,運動の有無,移動する場所,立位臥位の変化には関係がない。咳のときに痰が絡むような感じがするが,なかなか痰は出ない。出るとしてもときどき白~黄色い痰程度で,血は混じっていなかった。また,口の苦い感じ,胸焼け,食事中のつかえ感,げっぷはない。食欲低下と体重減少はなし。

1年前に交通量の多い道路の近くにあるマンションの3階に引っ越したが,排気ガスはそれほど気にならないという。パートで仕事している接客の場で咳を我慢することはできる。引っ越したあといろいろ落ち着かない生活ということもあり,咳は耐えられないほどでもなかったのであえて病院には行かなかった。

半年前のある日から数日で痰が増えてきて息苦しさ,熱っぽさを感じたため,さすがに近所の内科を受診したところ,胸部X線で軽度の肺炎と言われ,抗菌薬を1週間ほど内服して熱と咳は2週ほどで治まってきた。それで咳はよくなるかと思われたが,やはり以前と同じような咳がまた出現して,さらに再び熱が出てきた。再度同じ内科を受診し,治りかけた肺炎がぶり返したと言われ,同じ抗菌薬を1週間内服して熱は下がり痰も減ってきたが,やはり咳だけは前と同じようにぶり返し,その後もずっと続いていた。

2カ月ほど経って経過観察のために受診したところ,X線では肺炎は軽快したと言われた。一般採血も問題なかったものの,気管支喘息があるかもしれないとの診断で,薬局での吸入指導の後,高用量ステロイドと長時間作用型β刺激薬の吸入を行って1カ月ほど様子を見た。しかし咳は改善なく,その後,抗ヒスタミン薬とプロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor:PPI)も追加で2週間ほど服用したが,こちらも効果がみられなかった。それからも痰の増減はあったが,咳自体は増加傾向ということもあり,より大きな病院で検査が必要であるという経緯で近医から紹介受診となった。

[既往歴]

半年前に肺炎。通院で治療した

[内服歴]

特になし

[アレルギー]

花粉症。春先に涙,鼻水と咳が出る

[家族歴]

アレルギーの家族歴は特にない

[生活歴]

62歳の夫と2人暮らし。4年制大学を卒業後,30歳まで印刷会社で働いていたが,職場の上司である今の夫と出会い結婚し,それを機に退職し専業主婦となった。夫はその後独立し,本人が35歳のときに,以前より関心のあったグラフィックデザインの事務所を設立,自宅兼事務所で仕事を始めた。同年妊娠,出産し男児を儲ける。息子は出産,成育歴ともに問題なく,高校,大学を卒業後,1年前に実家を出て,現在は都内の商社で営業職をしている。入職後から慣れない環境と忙しい仕事で気持ちがふさぐこともあるという息子が心配になる日もときどきあるとのことだった。

生活環境は1年前,息子が実家を出たことを機に空き部屋が出たこともあり,結婚以降長らく住んでいた東京・三鷹の実家を離れ,1駅隣りの吉祥寺のマンションに移った。マンションは築数年のコンクリートの2LDK。息子の世話をすることもなくなり手持ちぶさたになったため,近くのワインの卸売り店でパートの店員を始めた。仕事は週4日程度,9~15時まで軽作業のみ,症状は仕事のときと休みのときとでそれほど変わらない。

本人の喫煙はなし。ただし夫はスモーカーで,10年ほど前から健康を意識し本数を減らしてベランダで吸うようにしている。

飲酒は機会飲酒程度だが,お酒を飲むと咳が強くなる気がして最近は飲まなくなった。

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