(千葉県 K)
【補充療法ではTSHの正常化を目指すのが原則】
「FT4正常・TSH上昇」は「潜在性甲状腺機能低下症」と呼ばれますが,今回は「(顕在性)甲状腺機能低下症の治療中にTSH上昇が残る際の対処」を中心にお答えします。
FT4値もTSH値も微量ホルモンの間接的測定の結果であり,基準値も個々人での最適域を保証するものではありません。その欠点を補うため,甲状腺ホルモンの過不足はFT4とTSHのペアで判断するわけですが,「下垂体が正常」「甲状腺機能が定常状態」の2点を前提とすれば,単独の指標としては,TSHの信頼性がより高いとされ,補充療法ではTSHの正常化を目指すのが原則です。
ご質問の状況は「FT4低下に見合ったTSH上昇(すなわち下垂体は正常)」の状態から開始された治療と思います。まず考慮すべきは,L-T4補充開始初期には,FT4とTSHの改善にタイムラグがある(TSH産生細胞の過増殖解除に時間がかかる)ことで,このデータが治療開始初期なら同量で数カ月待つことが肝要です。定常期に入ってもTSH上昇が残る際に考慮すべきは,健常者の甲状腺がT4以外にT3も一定量分泌しているのに,治療ではL-T4のみを補充していることです。内因性のT4→T3転換だけで正常なバランスが保てる保証はありません。FT3測定やホルモン不足所見(体重増加等の代謝低下症状・T-Chol上昇・CK上昇等)の有無を吟味した上,少量のL-T3(5~10µg/日)追加をご検討下さい。
また,「受診前だけL-T4を内服する」人にも「FT4正常・TSH上昇」がよくみられますので,服薬状況(または残薬量)の確認も大事です。その他“TSHが上昇しうる状況”として,①抗ドパミン薬,②うつ・ストレス状態,③TSH測定干渉物質〔ヒト抗マウス抗体(human antimouse antibody:HA MA)等〕の存在,④不適切TSH分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of TSH:SITSH),⑤中枢性副腎皮質機能低下症,⑥肥満,⑦一部のnonthyroidal illness(NTI),⑧L-T4吸収に干渉しうる物質(胃薬,コーヒー等),もお忘れなく。
一方,「FT4正常(~正常高値)・TSH低下」は「潜在性ホルモン過剰(≒中毒症)」と考えられます。若年者ではほとんど無症状ですが,高齢者では体重減少や孤発性心房細動の一因になっている場合があります。L-T4の減薬がまず必要ですが,橋本病を基盤とした「無痛性甲状腺炎」や「バセドウ病への転化」の可能性もあり,減薬後も周到な観察と用量調整が大事です。なお,「FT4正常(~正常低値)・TSH低下」の場合は,(稀なケースですが)下垂体前葉機能低下症や他疾患の併発を考える必要があります。
【回答者】
藤田直也 防衛医科大学校病院総合臨床部
田中祐司 防衛医科大学校病院総合臨床部教授