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【Breakthrough 医薬品研究開発の舞台裏(2)白沢 博満(MSD 副社長執行役員 グローバル研究開発本部長)】キイトルーダの開発はネバーエンディング、情報収集しながら最適な状況に持っていきたい

No.4966 (2019年06月29日発行) P.14

登録日: 2019-06-27

最終更新日: 2019-06-28

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新薬開発に関する本誌アンケート(2019年3月実施)で、開発を期待する領域として最も回答が多かったのが「がん・悪性腫瘍」と「精神・神経疾患」。がん・悪性腫瘍に関しては「オプジーボ」(小野薬品工業)、「キイトルーダ」(MSD)をはじめとする免疫チェックポイント阻害薬の迅速な適応拡大を期待する声が多く寄せられた。
シリーズ2回目は、MSDの医薬品研究開発を統括する白沢博満グローバル研究開発本部長にご登場いただき、キイトルーダ開発の舞台裏やMSDが積極的に手がけるワクチン開発の苦労話、プライマリケア領域を含めた今後の新薬開発の展望を聞いた。

しらさわ ひろみち:1995年慶應義塾大学医学部卒。内科医として臨床に従事、ファイザーにて研究開発業務に携わった後、2012年MSD入社。同年7月より現職。

─MSDの新薬開発はどのような方針で進められているのですか。

白沢 我々の会社は本社(Merck & Co., Inc., Kenilworth,  N.J., U.S.A.)が米国にあり、米国・カナダ以外の国はMSDの名で事業展開していますが、グローバルの方針として、疾患領域を問わずあらゆる領域を対象とし、大きなインパクトのある発見があればそれをフォローして対応する薬を創っていく、というアプローチをとっています。

─重点領域を先に定めて開発を進めているわけではないと。

白沢 そうです。ただ、世の中のサイエンスにはトレンドがあります。いまは免疫療法をはじめ、がんに関する基礎的なサイエンスが急速に発達しているので、それをフォローしていくと結果的に研究開発におけるがんの割合が増える、という状況です。

─開発パイプライン(表)には抗PD-1抗体キイトルーダの各種がんへの適応拡大の試験が並んでいますが、開発は順調に進んでいますか。

白沢 キイトルーダによる免疫療法は、がん細胞を相手にせず、自分の体内の免疫細胞を活性化することで抗腫瘍効果を示すものですから、効かないがん種のほうが少ないと考えられます。従来の医薬品に比べれば、臨床試験で良い結果が出て患者さんのもとに届けられる確率は非常に高く、そういう意味では順調に進んでいますが、実際には簡単ではありません。

フェーズ1の長期生存データに驚嘆

─発売後にいろいろな副作用の報告があり、最近もオプジーボとキイトルーダの添付文書に重大な副作用として「結核」を記載するよう指示がありましたが、実臨床で使用される中で予想外の事象が起こったということはあるのでしょうか。

白沢 キイトルーダに関して日本のフェーズ1試験が始まったのが2013年。他の薬剤を使いつくして余命が限定的な患者さんでも長期に生存している場合があるという本社のデータを見て、「これは患者さんに早く届けなければならない」と開発を進めましたが、いまもわからないことのほうがはるかに多い状況で、通常の医薬品開発で言えばまだ入口の段階なのです。
常に情報を収集し、現場にフィードバックして適正使用につなげていく、というサイクルを回しながら、薬を最適な状況に持っていきたいと考えています。

─開発の中で驚くような発見はありましたか。

白沢 驚きというと、本当に初期のフェーズ1の段階で余命数カ月と思われていた肺がんの転移症例のデータを見た時の驚きは大きかったです。それからの開発は、「バイオマーカー」「プレシジョン・メディシン」など世の中で使われる“バズワード”に取り込まれながら、台風の中で一気に進めていくような感じでした。
良い結果が出るので報われますが、前例のない開発です。医薬品の開発は通常、承認・発売に至ればゴールという感じですが、キイトルーダは日々新しい発見があり、ネバーエンディングですね。

「これはすごい」という瞬間に出会える喜び

─白沢さんは臨床医出身ですが、製薬業界に入ったきっかけは何だったんですか。

白沢 医師募集の新聞広告を見て、たまたま興味を持ってこの業界に入ったのですが、それからずっとやっているということは天職だったのですね。
医薬品開発は通常の製造業と異なりデータの比重が高いのが特徴です。販売開始する10年以上前に化合物は創薬がなされるわけですが、化合物自体は何も変わらない。何をしているかというと、これをどう使うかを見極めて、データを収集し解釈して結晶化していくという仕事をしているわけです。データに基づいて承認され、医師もそのデータに基づいて処方の判断をする。その中で研究開発を進めるのはワクワクしますし、面白い仕事です。

─臨床とは違う喜びがある?

白沢 ありますね。臨床とは違う大変さもありますが。
医薬品の開発をしていると、本当に「これはすごい」という瞬間に出会えることがたくさんあるのです。がんの免疫療法も10年前までは絵空事のように語られていましたが、いまやそれががん治療の大きなベースの一つになろうとしている。そういう瞬間に立ち会えるのはとてもラッキーです。

認知症の新薬開発は決して諦めない

─新薬開発に関する本誌アンケートでは「感染症に関する新薬の研究が盛ん」という理由でMSDの取り組みを評価する声も寄せられました。感染症領域、特にワクチンの開発ではどのような苦労がありますか。

白沢 ワクチンは通常の医薬品とは違う苦労があって、製造の比重が非常に大きい。開発だけでなく製造の難しさが、多くの企業が参入できない理由にもなっているのです。
また、ワクチンは健康な方に使うため、通常の医薬品に比べリスクに対する基準も非常に高い。長い年月をかけて製造上の問題を改善しながら開発し、世の中に出てからも慎重に使っていただきながら定期接種化が検討されていく。非常に長いサイクルの中で開発を進めていくので、会社自体に「長期にわたって取り組んでいく」という決心がないとできないと思います。

─今後の開発でプライマリケア領域の新薬が出てくるという動きはありますか。

白沢 フェーズ3までいっているものとしては、全く新しいメカニズムのP2X3受容体阻害薬gefapixantがあり、難治性慢性咳嗽を最初の適応症として開発を進めています。命に関わる病気ではありませんが、慢性的に咳が止まらない方はQOLが低下する例が多いので、良い結果が出ることを祈っています。
多くの開業医の先生に診ていただいている疾患としては、認知症、アルツハイマー病の新薬開発は諦めるつもりはありません。高いハードルですが、認知症が家族や社会に与える影響の大きさを考えると、どうにかして出さないといけない。近い将来、臨床フェーズに上がってくることを期待しています。

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