日本神経消化器病学会は,日本Neurogastroenterology(神経消化器病)学会と日本国際消化管運動研究会が統合する形で,2009年4月1日に発足し,2017年には,IBS(irritable bowel syndrome:過敏性腸症候群)研究会・機能性ディスペプシア研究会・消化器心身医学研究会と統合した。第21回日本神経消化器病学会は,第47回日本潰瘍学会との合同学術集会として,2020年1月16日(木)~17日(金)の2日間,ヒルトン小田原リゾート&スパにて開催された(図1)。両学会とも,消化器の基礎研究・トランスレーショナル研究・臨床研究の要として,今後益々の発展が期待される。病態・診断・治療・予防の理解を深め,それらの知識を広く普及させるための研究・教育を充実させることも重要であるが,さらに行政や企業との連携の下,より有効なアプローチ法を模索し,患者様のQOLの向上や新薬開発の推進の責務も担っている。本合同学術集会の共通のテーマは「疾患制御への新たなる挑戦」であった。
今回の開催地,小田原といえば,小田原提灯や小田原城を思いつくだろう。小田原城の総構は,後北条氏が豊臣秀吉との合戦が避けられない状況になった頃から始められ,現在の小田原の市街地がすっぽりと入ってしまう広さを囲って堀と土塁を築いたようである。学会会場のホテルから3kmくらい先に豊臣秀吉の一夜城で知られる石垣山があるが,そこから小田原の市街地が一望できる。1590年の小田原合戦では100日に及ぶ籠城戦となった地であり,かつ,秀吉はその地で日本全国の名将を招き100日間に及ぶ大宴会を開いたともいわれるが,この同じ場所で,日本全国から学会員の先生方にお越し頂き学術集会が開催できたわけである。ところで,豊臣秀吉から関東への領地替えを命じられた時に,徳川家康は居城候補地として,2つを考えたといわれている。1つは,後北条家の城郭都市として発展し関所も設置されていた小田原であり,もう1つは,当時未開の地であった江戸,つまり東京である。2021年7月に,オリンピック・パラリンピックが開催される予定の,わが国の首都である東京の運命も,400年以上前の家康の判断に依存していたわけで,もしかしたら,首都は小田原であったかもしれないという歴史ロマンも感じる。ときどき,そのような歴史に思いを馳せながら,消化管の潰瘍と機能について熱く有意義な論戦が展開されたのである。
第21回日本神経消化器病学会としては,シンポジウム2セッション,一般口演22演題,さらに,合同での特別講演3演題に加え,湘南シンポジウム3セッション,モーニングセミナー2セッション,ランチョンセミナー6セッション,サンセット(イブニング)セミナー2セッションを設けた。本学会会員が,潰瘍学会会員とともに,太閤秀吉の天下統一の地である小田原市に集い,本学会のルーツを思い起こしつつ,神経消化器病学の知見をふまえた上で,有名な小田原合戦のごとく,山の上に籠城した状態で最新の研究成果を熱く語りあったのである。これも一日も早く患者様に還元できるように,疾患の病態を理解し,疾病の制御法をさらに発展させるためである。
駅から離れた交通の便のよくない場所にもかかわらず,本合同学術集会には,医師246名,メディカルスタッフ15名,招待者36名,共催・展示スタッフ80名,プレス2名の計379名という,例年にない多数の参加を頂いた。
大会1日目の1月16日(木)午前の神経消化器シンポジウムは,Ⅳ「機能性消化管障害の病態解明と治療戦略」と題し,東京慈恵会医科大学の中田浩二先生と川崎医科大学の塩谷昭子先生の司会のもと,①非心臓性胸痛患者の症状は病態に関連している(群馬大学/栗林志行先生),②PPI抵抗性GERDに関連する血清microRNAの検討(慶應義塾大学/山田隆斗先生),③ストレス環境下でプロトンポンプ阻害薬はdysbiosisを介し腸管透過性亢進を増悪させる(大阪市立大学/高嶋信吾先生),④機能性ディスペプシア患者における小腸粘膜傷害の検討:小腸high-resolution impedance manometry検査を用いたbaseline impedanceの検討(東北大学/中川健一郎先生),⑤LPS刺激Urocortin 2脳槽内投与ラットを用いた小腸粘膜内炎症の解析(日本医科大学/山脇博士先生),⑥Dehydroepiandrosterone sulfateはラット過敏性腸症候群モデルの内臓知覚過敏,腸管透過性亢進を抑制する(旭川医科大学/野津 司先生),⑦拡散尖度画像を用いた機能性消化管疾患における検討(岩手医科大学/千葉俊美先生)の7講演を行って頂き,機能性消化管障害(functional gastrointestinal disorders:FGIDs)の病態,診断や治療との関連性について討論を頂いた。
大会2日目の1月17日(金)午前の神経消化器シンポジウムは,Ⅴ「慢性便秘の治療の現状と課題」と題し,名古屋市立大学の神谷 武先生と兵庫医科大学の富田寿彦先生の司会のもと,①慢性便秘症患者の我が国における治療実態および便形状とQOLの関係:インターネットによる全国調査(横浜市立大学/大久保秀則先生),②慢性便秘症の健康関連QOLや労働生産性に与える影響─傾向スコア解析による検討(兵庫医科大学/富田寿彦先生),③腹部超音波検査を用いた便秘の画像評価(国立病院機構函館病院/津田桃子先生),④過敏性腸症候群便秘型と機能性便秘症の相違(第二報):生活習慣とストレス関連因子である完璧主義に着目して(愛知医科大学/山本さゆり先生),⑤当科における悪性リンパ腫入院患者の便秘薬処方の現状(旭川医科大学/五十嵐 将先生),⑥NS5-6慢性便秘症患者のQOLに対するビフィズス菌製剤Bifidobacterium bifidum G9-1の有効性(横浜市立大学/冬木晶子先生),⑦新規便秘治療薬有効群の臨床的特徴(慶應義塾大学/猪口和美先生),⑧慢性便秘症に対するルビプロストン投与後の長期経過の検討(富山大学/三原 弘先生),⑨排便機能外来での慢性便秘診療 特に排便困難型便秘への対応について(医療法人明和病院/岡本 亮先生)の9講演で,最近話題の慢性便秘症について,大変熱心にご討論を頂いた。
特別講演1は,開会式直後に第1会場にて,東海大学の坂部 貢先生の司会のもと,慶應義塾大学の末松 誠先生に,「Imaging metabolomicsによるがんの代謝解析と医学への応用」と題して,最先端の科学技術を駆使した,がん代謝解析データのご教示を頂くことができた。
また,特別講演2では2019年5月の米国消化器病週間(Digestive Disease Week:DDW)2019の期間中にRome財団の理事長に就任された,機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)学者として世界で最も著名なベルギー・ルーベン大学のJan F. Tack先生に「Functional dyspepsia:The new hot topic in the Rome classification」と題して,Rome基準におけるFDについての総論と今後の展望についてお話しして頂いた。
さらに,アジア神経消化器病学会(ANMA)の元理事長で,アジアの本領域の研究を先導されている,シンガポール国立大学Gleneagles病院のKok Ann Gwee先生に「What’s hot in Irritable Bowel Syndrome?」と題し,IBSについてアジアの国際共同研究のデータも交えつつ,わかりやすく講演して頂いた。
湘南シンポジウムⅠ「IBS(過敏性腸症候群)」,湘南シンポジウムⅡ「慢性便秘症(二次性便秘)」,湘南シンポジウムⅢ「消化管における和漢薬の進歩」として計12講演を,モーニングセミナーとして,Ⅰ「酸関連疾患における診断と治療」,Ⅱ「TNFαからみた潰瘍性大腸炎の病態と治療について」の2講演を頂いた。
ランチョンセミナーは,Ⅰ「腸内細菌と消化器疾患」,Ⅱ「H. pylori陰性時代を迎えた胃がん対策」,Ⅲ「炎症性腸疾患の治療戦略 今後の展望」,Ⅳ「上部消化管疾患」,Ⅴ「多様化する便秘症治療~エビデンスから診る治療選択~」,Ⅵ「慢性便秘の病態と新治療戦略」として計12講演を頂いた。また,サンセット(イブニング)シンポジウムでは,Ⅰ「症状発現機序に則したFD診療」,Ⅱ「IBD関連」で計9講演をして頂いた。もちろん,一般口演も22演題が発表された。
以上,2020年の正月に小田原市根府川の山に建つホテルに籠り,非常に熱く濃厚な議論が尽くされ,わが国の神経消化器病学のエッセンスを十分に堪能できたと思う(図2)。
厳正な採点の結果,本学会での最優秀演題賞は「ストレス環境下でプロトンポンプ阻害薬はdysbiosisを介し腸管透過性亢進を増悪させる」(大阪市立大学/高嶋信吾先生)が,優秀演題賞は「機能性ディスペプシア患者における小腸粘膜傷害の検討:小腸high-resolution impedance manometry検査を用いたbaseline impedanceの検討」(東北大学/中川健一郎先生)と「慢性便秘症の健康関連QOLや労働生産性に与える影響─傾向スコア解析による検討」(兵庫医科大学/富田寿彦先生)が受賞された。また,並木賞は「Trk受容体遺伝子発現レポーターを用いた腸管神経のイメージング解析」(理化学研究所/石亀晴道先生)が受賞された。
さらに,翌日の1月18日(土)(14時~)には,東海大学伊勢原校舎の松前記念講堂1階(神奈川県伊勢原市下糟屋143)にて,第15回日本神経消化器病学会市民公開講座が開催された。「胸焼け」(川崎医科大学/春間 賢先生),「胃痛・胃もたれ・ピロリ菌」(東海大学/鈴木秀和),「下痢」(東海大学/五十嵐宗喜先生),「便秘」(国立久里浜医療センター/水上 健先生)について,聴衆に語りかけるように講演された。当日は,大学入試センター試験の日で,みぞれの舞う寒い日であったが,大勢の市民の方々にお越し頂き,それぞれの講演の後には,大変熱心な質問が飛びかった。本領域の社会に向けた情報公開は重要であり,ニーズが高いことを改めて実感できた極めて有意義な市民公開講座となった。