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「年のせい」と見落としやすい 高齢者フレイルに潜む低亜鉛血症【まとめてみました】

No.5022 (2020年07月25日発行) P.12

登録日: 2020-08-14

最終更新日: 2020-08-22

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寝たきり・要介護への進行を防ぐためには、高齢者のフレイル(虚弱)を早期に発見し早期に介入することが重要との認識が広がっている。高齢者のフレイルは、サルコペニアや骨粗鬆症のほかにも多様なリスク因子と関連しているが、専門家の間で特に見落としやすいと指摘されているのが「低亜鉛血症」だ。フレイルの問題に積極的に取り組む消化器病の専門医と透析医療の専門医に、高齢者のフレイルと亜鉛欠乏の関連性、低亜鉛血症の診断・治療のポイントなどについて聞いた。

 

フレイル群で低い血清亜鉛値

高齢者フレイルの問題に取り組む順天堂東京江東高齢者医療センター消化器内科の浅岡大介さんのチームはこのほど、外来に通院する65歳以上の高齢者313人(男性134人、女性179人)を対象に、フレイルの割合、フレイルとサルコペニア、骨粗鬆症、腹部症状、栄養状態などとの関連について調査した。

フレイルの評価方法の1つであるJ-CHS基準(表1)を用いて診断した結果、非フレイル群77.3%に対しフレイル群は22.7%。「概ね4~5人に1人がフレイル」(浅岡さん)という状況だった。

両群のリスクの差を見ると、①サルコペニアの有病率はフレイル群57.7%、非フレイル群12.8%、②骨粗鬆症の有病率はフレイル群64.8%、非フレイル群32.6%、③上腹部症状はFスケールのスコアでフレイル群6.7、非フレイル群4.3、④便秘症状はCSS(Constipation Scoring System)のスコアでフレイル群6.2、非フレイル群3.4。サルコペニア、骨粗鬆症だけでなく、フレイルは腹部症状や便秘症状とも関連があることが示唆された。

栄養状態を評価すると、高点数ほど低栄養とされるCONUT(Controlling Nutritional Status)スコアで非フレイル群0.7に対しフレイル群は1.3。

日本臨床栄養学会の診断基準で「80~130µg/dL」が基準値とされる血清亜鉛値は、非フレイル群も74.3µg/dLと基準値を下回っており、フレイル群は69.6µg/dLとさらに低いことが分かった(図1)。

 

「フレイルの高齢者は、サルコペニア、骨粗鬆症を合併しているのみならず、胃酸の逆流や胸やけ、胃もたれなどの腹部症状や便秘などの症状で困っている方が多い。さらに、そうした消化管のトラブルがあると亜鉛の摂取や吸収も少なくなり、栄養状態も落ちる方が多い。栄養状態が落ちれば、筋肉量の減少、虚弱につながりますので、フレイルが腹部症状や栄養状態と関連するのはある意味当たり前のことかもしれませんが、今回の調査では、それをデータとして明示することができました」(浅岡さん)

高齢者にとって「味覚」も大事な問題

浅岡さんが亜鉛に注目したのは、低亜鉛血症に伴う症状は、よく知られる味覚障害のほかにも多様な症状があり、皮膚炎・脱毛、食欲低下、易感染性など「年のせいじゃないか」と見逃されやすい症状を呈しながらも、高齢者のフレイルにつながる重要なファクターとなっている可能性が高いからだ。

「亜鉛欠乏の症状である味覚障害などは食欲低下、虚弱につながっていてもおかしくありません。味覚障害の診断は難しく、注意深い問診が必要となりますが、高齢者にとってご飯がおいしいかどうかは大事な問題です。超高齢社会の中で低亜鉛血症の問題がどのくらい重要なウェイトを占めているか、あらためて考えなければいけないと思っています」(浅岡さん)

透析患者の多くが亜鉛不足

腎臓内科・透析医療の専門家の立場からフレイルと低亜鉛血症の問題にアプローチしている浜松医科大病院血液浄化療法部の加藤明彦さんは、高齢の透析患者は一般の高齢者と比べてフレイルの割合が高く、リスク因子となり得る低亜鉛血症への対応も一般の高齢者以上に重要になっていると指摘する。

「透析患者のフレイル・サルコペニア合併は一般の方よりも3~4倍多いことが知られています。透析に入って急にフレイル・サルコペニアが増えるわけではなく、保存期腎不全の段階から割合が高く、CKD(慢性腎臓病)のステージで言うとG3b~G4あたりから増え始めます。ステージが上がれば上がるほど合併率が高くなり、透析に入っても回復することなく増え続けることが明らかになっています」

透析患者の血清亜鉛濃度(血清亜鉛値)については日高会日高病院腎臓病治療センターの永野伸郎氏らの研究があり、透析患者518人の血清亜鉛濃度を測定したところ、51.0%が亜鉛欠乏症(60µg/dL未満)、44.4%が潜在的亜鉛欠乏(60~80µg/dL未満)で、80µg/dL以上はわずか4.6%だった(図2)。透析患者の多くが亜鉛不足の状態であることが分かっている。

 

「透析患者のフレイル・サルコペニアの要因は、食事と運動の問題が大きいと思いますが、亜鉛欠乏による味覚障害などが認められる方も一定割合います。亜鉛欠乏による食事摂取量の低下もフレイル・サルコペニアに関係していると考えられています」(加藤さん)

薬物療法で活力まで改善するケースも

透析患者を含めた高齢者のフレイルに関係している低亜鉛血症。地域で多くの高齢者を診る臨床医は老衰と症状が類似する亜鉛欠乏に気づくためにどのように診断を進めればいいのか。

浅岡さんは、スクリーニングでフレイルと判定された高齢者に対し積極的に血清亜鉛値の測定を実施している。

「いまはフレイルをスクリーニングするための簡易なチェックリストもありますので、そういうもので診断してフレイル相当とされた方、あるいは『指輪っかテスト』(=両手の親指と人差し指で輪をつくり、ふくらはぎの一番太い部分を囲めるかをみるテスト)でサルコペニアの可能性が高いとされた方に対しては、亜鉛欠乏の症状なのに年のせいだとスルーされていないかと疑い、血清亜鉛値を測定することをおすすめします」(浅岡さん)

浅岡さんによると、亜鉛欠乏症の代表的な症状である味覚障害については高齢者本人も自覚していないケースが多く、問診のみで把握するのは難しいという。「亜鉛製剤を投与して味が分かるようになって初めて『自分は味覚がおかしかったんだ』と気づく方もいます」

日本臨床栄養学会が作成した「亜鉛欠乏症の診療指針2018」によれば、亜鉛欠乏症の症状があり、かつ、血清亜鉛値が亜鉛欠乏症(60µg/dL未満)か潜在的亜鉛欠乏(60~80µg/dL未満)であれば、亜鉛投与の治療適応になる(表2)。診療指針では、亜鉛製剤に関しては酢酸亜鉛水和物製剤(商品名:ノベルジン)が「低亜鉛血症」の適応症を取得しており、処方可能としている。

 

浅岡さんは、低亜鉛血症が認められた高齢者に対しては、本人と相談し、「食事の改善でまず頑張ってみたい」という希望があれば食事療法から始める場合もあるが、高齢者になってから食生活を変えるのは現実には困難な場合が多いため、すぐに薬物療法から始めるケースが多いという。「高齢者は消化吸収能が落ちていますので、食事で努力してもなかなか血清亜鉛値は上がらないのです」

薬物療法を試みた結果、味覚などが改善され、本来の活力が戻っていく姿を浅岡さんは診療の現場で目の当たりにしてきた。

「治療した人全員ではありませんが、目に見えて状態が改善する方はいます。普通の薬剤でしたら、胃が痛いのが治まったという局所の話で終わりますが、低亜鉛血症の治療で経験するのはもっと全体的なものです。『味覚がよくなって、ご飯がおいしくなった』という方はもちろん多いのですが、それだけでなく、もともと外に出ることがなくなっていた人が散歩するようになったとか、やる気が起きてきたとか、メンタル・気分まで改善される場合があります。家族から『電話にパッと出るようになった』『元気になって本を読むようになった』という喜びの声が寄せられることもあります。亜鉛をサポートするだけで人間の本来ある活力やメンタル的なところが改善されるというのは、ある意味素晴らしいことだなと思っています」(浅岡さん)

3カ月内服継続して評価

加藤さんが高齢の透析患者を診る中で、亜鉛欠乏を疑い、血清亜鉛値を測定するケースは①エリスロポエチン製剤を定期的に使用してもなかなか貧血が改善しない場合、②亜鉛の吸収を阻害するリン吸着薬(炭酸カルシウムなど)を多く服用している場合、③フレイルあるいはサルコペニアで体力や食事摂取量の低下、物忘れがみられる場合―など。

「エリスロポエチン製剤を最大量投与してもヘモグロビンの目標値に到達しない方が1割ぐらいいますが、そうしたケースの中に亜鉛欠乏が潜んでいるということが知られています。高齢の方で食事摂取量が少なく、透析期間の体重の増えが少ない患者さんも亜鉛欠乏になっている場合が多いですね」

加藤さんも、低亜鉛血症が認められた場合はまずは亜鉛製剤を投与し、血清亜鉛値の上昇によって臨床的に効果があるかを評価している。

「亜鉛は吸収率が非常に悪い微量元素であり、透析中の亜鉛喪失の問題もあります。組織内の亜鉛濃度をしっかり上げるためには一定の期間を要しますので、私自身は少なくとも3カ月は内服を継続していただき、臨床的に効果があるかどうかを評価しています」

ビタミンC 含めバランスよい食事を指導

加藤さんは薬物療法に加えて食事の指導も積極的に行っている。

「食塩は基本的に控えていただきますが、それ以外はバランスよくいろいろな食材を食べましょうと指導しています。国内の研究でビタミンCの摂取量が多い人ほど血清亜鉛値が高いというデータもありますので、カリウムの制限がなければ、ビタミンCを多く含む野菜や果物も積極的に摂るようにすすめています。高齢の透析患者に対してはリンが上がると食事制限しなければならないといわれてきましたが、例えばリンの値が6.5mg/dLを超えたら『ああ、よく食べたね』とほめるぐらいの状況にいまは考え方が変わっていますので、必要な量をしっかり食べていただくようにしています」(加藤さん)

 

日常診療で見落としやすい亜鉛欠乏

透析患者に日常的に接する中で担当医が亜鉛欠乏に気づくのは実際には難しいと加藤さんは語る。

「これまで老衰と思われていた症状の中に低亜鉛血症が潜んでいるということが腎臓の領域や肝臓の領域でも知られるようになっています。週3回透析患者に接する医師の皆さんは、透析期間中の体重の変動などによく注意し、しっかりご飯を食べているか、あまり食べていないようなら、何に困って食事が十分に摂れていないか、積極的に聞いてほしいと思います」

フレイル・サルコペニアの高齢者や高齢の透析患者の中に、亜鉛欠乏が原因で寝たきり・要介護に進行するリスクを抱えているケースが潜んでいる。浅岡さんや加藤さんの取り組みを参考にしながら、「亜鉛」というキーワードで、「年のせい」と本人も家族も考えている高齢者の症状をいま一度見つめ直してみてはいかがだろうか。

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