1 腹部POCUSは検査ではなく,診察の一部である
・腹痛診療テキストは,クリニックでは役に立たない?
・POCUSとは?
・とりあえずPOCUSでよい!
・腹部単純CTを越えなければ,腹部POCUSの価値はない!
・診療所での腹部POCUSで最も重要なことは,進行がんを見逃さないこと!
2 腹腔内はすべてエコーで観察する
・腹部エコーの基本
・クリニックでの腹部POCUS,何に注目するか?
・腫大している部位・腹水を探す
・脂肪の見え方を知る
・不明瞭な画像しか得られないときの対処法
・POCUSで診断確定をめざす
3 各臓器を観察する際のポイント
(1)胆嚢
①胆嚢が腫大しているか?
②胆嚢壁の肥厚はないか?
③隆起性病変
④胆嚢結石症
⑤胆嚢腺筋腫症
(2)肝外胆管
①肝外胆管が拡張しているか?
②胆管の肥厚はないか?
(3)膵臓
①主膵管の拡張はないか?
②膵嚢胞
③膵腫瘤
④急性膵炎
(4)肝臓
①脂肪肝
②慢性肝炎・肝硬変
③肝血管腫
④肝内胆管癌
⑤門脈ガス血症
⑥肝膿瘍
⑦肝嚢胞
4 自分の診療に合ったPOCUSのプロをめざす
・POCUSのプロになるには,エコーを勉強し,実践し,興味を持ち続けて3~5年は必要
・専門分野や患者のニーズを鑑みて,目標に向け腕を磨き続けることが重要
・超一流の師匠のもとでトレーニングを受けることがベスト
腹痛診療のテキストに記載されている診断手順は,現病歴→既往歴→社会歴→嗜好歴→身体所見→血液および尿検査結果をふまえて診断仮説を立て,コンピュータ断層撮影法(computed tomography:CT)で診断を確定するといったパターンが一般的である。
しかしこの方法では,クリニックで腹痛診療を行うことはできない。その理由は2つある。①クリニックでは血液検査データがすぐには得られない。腹痛には緊急性を要する場合が多く,診察時に短時間で確定診断にせまることが要求される。外注検査のため翌日に結果が判明するのでは遅すぎる。②「~と~の所見を認めたら***の可能性は…%」という知識は無駄ではないが,それだけでは診断できない。「確定診断がCT所見に基づく」という前提では,CTを有しないクリニックでは腹痛診断ができないことになる。診断ができなくては,適切な診療は不可能である。
これらのことから,「クリニックでの腹痛診断は,診察室内で完結できるものでなければ役に立たない」ことは明らかであるが,そんな夢のような方法が本当に存在するのか?
診察室で通常の診察に引き続き,医師が行うエコーがpoint-of-care ultrasound (POCUS)である。その活用により,一気に腹痛診断のステップを短縮できる。POCUSの所見からさらに問診を追加することで,初め想定もしていなかった診断にたどり着くことがしばしばある。当院では診察室のベッドの横に超音波診断装置を置き,腹部の触診に引き続いて,POCUSを施行している。
救急領域のPOCUS専門家による書物を読むと,「POCUSは短時間の教育によって習得可能で,日常診療でスキル維持可能」と定義されている。つまり,POCUSで診断される疾患はかなり限られたものになっているということだ。クリニックで診療している私から見れば,救急領域のPOCUS専門家が考えているレベルの診断能では,クリニックの武器とはならない。後で述べるように,クリニックのPOCUSに求められる診断レベルは単純CT以上である。
腹痛診療のテキストには上述した診断手順などから診断を絞り込んだ後に,画像診断を行うことが力説されている。しかし,私はとりあえずPOCUSを行いながら,鑑別診断を考えていくことをお勧めする。超音波検査(ultrasonography:US)画像を見ながら,診断を模索してよいのである。POCUSのコツは,画面に描出している臓器が症状の原因であるならば,「認められるはずである所見」を念頭に観察することだ。もう1つ重要なのは,腹部すべての臓器を観察することである。観察していない部位があっては不完全な検査となってしまうからである。
一方,POCUSのテキストには「診断推論に基づいて,関心部分に焦点を絞って観察する」ことが重要である,と記載されている。この方法は,診断推論が正しければ最速での診断が可能であり,きわめて魅力的である。しかし,それが誤っていた場合には,診断にたどり着けない。もちろんその場合には,「再度診断推論を考え,新たな関心部分の観察を繰り返せばよい」と反論されるであろう。
ここで読者の皆さんに考えてほしいことは,「診断を絞り込んでからピンポイントで観察を行うか?」「とりあえず腹部全体を観察するか?」どちらの方法がよりあなたに適しているか,ということである。私はPOCUSを行う医師の能力・性格により,自分に合ったほうを選択すればよいと考えている。前者は天才タイプの先生に許される方法である。私には,愚直に腹部全体を観察する方法が自分に適していると感じており,精神的ストレスも少ない。
腹部全体の観察時間は慣れれば5分程度であり,それほど時間を要しない。もちろん異常所見を認めた場合には診断を絞り込む時間が追加で必要となる。言葉の通じない外国人や記憶のあいまいな高齢者・子どもなどでは詳細な問診は難しく,時間のない外来で自らが納得できるまで問診や理学的所見をとり続けることは非効率であると考えている。最小限の問診とPOCUS,その所見から導かれた核心にせまる追加の問診によって,効率のよい高いレベルの診療が可能となる。
日本は世界で最もCTが普及した国であり,ほとんどの病院に導入されている。CTがない診療所がCTを有する近隣の病院・診療所に対抗し打ち勝つためには,単純CTの診断レベル以上がPOCUSの目標となる。
腹部POCUSは腹部単純CTの診断を越えることができるのか?私の経験では,POCUSは勝てる場合もあるし負ける場合もある。しかし,総合的に判断すると,POCUSは単純CTにまさると考えている。①エコーの空間分解能はCTより高いこと,②単純CTでは血流を見ることはできないが,エコーではボタンを押すだけで可能であること,などから病変部位を描出できる症例では,POCUSが単純CTにまさることは明らかである。
ただし,描出されていてもそれを「病変として認識できるか?」が最も重要な問題であり,当然ながら疾患に対する知識がないと診断はできない。単純CTにまさるためには,放射線科医が常識的に知っている腹部疾患についての知識を習得することが必須である。
POCUSのテキストには意外にもがんの記載が少ない。しかし,クリニックのPOCUSで最も重要なことは「進行がんを一刻も早く発見する」ことだ。たとえ,がんの発見が余命に関与しない場合でも速やかに診断しなければいけない。腹部POCUSで腹部全体の観察を勧める理由のひとつは,無症状の進行がんを発見するためだ。「通院していたのに,がんを見逃された」ではなく,「がんを見つけてもらい,命拾いできた」という口コミを広げる必要がある。
腹部エコーに必須のテキストは「解剖学アトラス」である。解剖を理解できなければ,エコーは上達しない。旅行に出かける前に地図を調べるのと同じように,エコーを行うには解剖を理解する必要がある。私は「ネッター解剖学図譜」を愛読している。
腹部エコー走査法については優れた解説書が多数出版されているので,気に入ったものを購入し,読破する。その上で,肝臓・胆嚢・胆管・膵・腎・脾・心・大血管・胸水の有無・膀胱・子宮・前立腺・胃・十二指腸球部・小腸・大腸をさらっと観察する習慣を身に着ける。同時に腹壁や腸腰筋などにも目をくばる。観察していない臓器がないように,観察する手順をあらかじめ考えておき,その順に撮影することを習慣化する。一例として,私は胆嚢⇒胆管⇒肋間走査にて肝右葉⇒右腎⇒心窩部~右季肋下の横走査にて肝全体⇒心窩部縦走査にて肝左葉・膵・大動脈⇒膵⇒左腎⇒脾・膵尾部⇒膀胱・子宮・前立腺という順に観察している。胸水は肝臓と脾臓を診る際にチェックする。消化管走査法の詳細は,成田赤十字病院の長谷川雄一先生の論文「消化管の走査法 効率的かつ見落としをなくすためのコツとテクニック」1)を参考にする。
注目するポイントは3つ考えられる。①POCUSを行うことになった症状の原因を明らかとする。②無症状のがんを発見する。③生活習慣病の評価として,腹部大動脈の動脈硬化の程度,脂肪肝の有無,腸間膜脂肪について観察する。③は軽視されやすいがクリニックではとても重要であり,これらの所見を認める場合には,脂質異常,糖尿病,肝機能異常,腎機能異常などを血液検査にて評価する。また,腹部大動脈瘤は当然であるが,その他の部位の動脈瘤にも注意する。
炎症や悪性腫瘍があると低エコー化し腫れてくるため,発見しやすくなる。そのような部位がないか腹部全体をくまなく観察する。慣れてくれば「なんか変だぞ!」とすぐに気づくようになるはずだ。腫大した部位を見つけたら,その組織の解剖学的な部位を特定するため,周囲を含め注意深くスキャンする。病変の部位が特定できないと診断が確定できないため,これが最も重要である。その際,観察部位が後でわかるよう正確にボディーマークをつけ,腫大した組織に接する臓器も含め動画を撮影しておくと,後で評価する際に便利である。POCUSでは検査時間が限られるためオリエンテーションのわかる動画を手早く撮影し,時間がある時に冷静にコマ送りで画像を解析することが有用だ。
少量の腹水にも注意が必要である。女性の場合ダグラス窩に極少量認めるのみであれば生理的なものである可能性もあるが,腹水を認めた場合にはその原因となる疾患を念頭に各臓器を観察することが重要である。炎症の周囲に少量の腹水を認める場合があるため,局在する腹水を見つけたらその近傍を注意深く観察する。たとえば急性膵炎の診断では,膵周囲のわずかな腹水が診断の契機となる場合があり,重要である。症状のない腹水はがん性腹水の可能性もあり,「どこかにがんがあるのではないか」と考え各臓器を見る。腹水の中に微細な点状高エコーの浮遊を認める場合には,出血,炎症,がんを念頭に観察する。
脂肪肝では肝臓が白く変化することから,「脂肪は白く見えるもの」と直感的に思ってしまう。しかし,正常の脂肪組織は黒く見える。超音波には組織分解能(CTのように脂肪や空気は黒,骨は白など)はなく,白黒は,反射される音波の強度と密度に依存する。反射する境界が多ければ白,少なければ黒となる。脂肪細胞のみからなる組織では,反射する境界が少ないため黒くなる。一方,脂肪肝は肝細胞内に多くの脂肪滴が浮遊している状態で,細胞内の水と脂の境界が反射源となることから高エコーとなる(図1)。
脂肪組織に炎症が波及すると脂肪細胞外に滲出した水と脂肪細胞中の脂肪や浸潤した炎症細胞によって多くの境界が生まれ,脂肪組織は白く腫れて見えるようになる。たとえば,消化管の炎症が周囲脂肪組織に波及すると,炎症のある消化管周囲にぼやっとした白っぽく腫れた脂肪組織が認められるようになる。逆に白っぽく腫れた脂肪組織の近隣には炎症の原因があると考えて観察することが必要である(図2)。
まとめると,炎症部位は低エコー(黒)となることが多く,強い炎症の周囲にある脂肪組織は炎症の波及によって肥厚し,かつ高エコー(白)となる。両者のコントラストから,炎症をきたしている病変は認識しやすくなる。これが理解できると,エコーでの診断能が一皮むける。
ガスなどの影響はないのに,なぜか画像が不明瞭となる症例がある。エコーのスペシャリストは様々な条件設定を変え,よりよい画像を追求しているはずだ。しかし,私にはハードルが高いため,超音波検査機器を購入した際に,「深部を見たい場合や,肥満などで観察しづらい場合」「消化管を見る場合」「ノイズを軽減し,線のつながりを強調した画像」など,いろいろな状況に適した設定を担当者に入力していただいている。
不明瞭な画像だと感じる場合は,事前に設定された条件から状況に適したものを探して観察している。携帯できる小型の超音波検査機器の利便性と値段の安さは魅力的であるが,ハイエンドの機械のほうが検査時のストレスが少ないと思う。診察室でしか使用せず,POCUSにかける意気込みと資金(しかしCT導入に比べれば安価)がある場合は,ハイエンドの超音波機器の購入をお勧めする。
話は変わるが,顕微鏡で観察するとき焦点を合わさないと鮮明な画像が得られないように,エコーの超音波ビームにもフォーカスがある。画面右側のスケールのところに矢頭で示されていることが多いが,フォーカスを見たいものの遠位端に設定すると鮮明に見えるので,今まで利用してこなかった方は面倒くさがらずにフォーカスを合わせて観察する習慣をつけて欲しい。
POCUSの導入時には,病変のパターン認識,つまり「~サイン」といったものを覚えて,同じような病変を拾い上げ,病院でのCT検査につなげるといった方法がとても役に立つ。しかし,超音波像から解剖が理解できるようになってきたら,次の段階をめざすべきである。それは,POCUSで病変に気づくだけでなく,確定診断を行うレベルだ。ただ,POCUSには時間の制限があるので,納得できるまで検査を行い続けることはできない。繰り返しになるが,オリエンテーションのわかる動画を手早く撮影し,時間がある時にコマ送りで画像を解析することで確定診断にせまることが可能となる。動画の再検討時に,検査時に気が付かなかった所見を発見することは少なくない。
「病変を見つけたら動画を撮影し,再検討する」。このサイクルを繰り返すことで,検査時に確認しておくべき所見の理解が深まり,後日同じような症例に遭遇したときに,より適切な検査が可能となる。自分で撮影した動画は「無料だが,他人から買うことのできない最高の学習資材」であると考えている。
さらに,病院に紹介し精査や手術所見から下された診断と,POCUSの診断に乖離がある場合にも,動画の再検討が必要である。POCUS動画の復習が上達の鍵である。再検討の結果,CTなどによる診断結果が誤っていると考えられる場合も,時に経験する。
USで確定診断に至ることを,川崎医科大学の畠二郎教授は「エコーで勝負する」と表現されている。私は畠先生の講演で「USで確定診断をつける」という概念を初めて知った。疾患の本質を理解し,それをUS所見で確認することで,「エコーで勝負する」ことが可能となる。「エコーで勝負する」方法を,畠先生の著書や講演から,是非とも多くの先生方に学んでほしいと心から願っている。