過敏性腸症候群(IBS)は,生命予後には影響しないがしばしば治療に難渋し,患者のQOLを著しく損なう。病態の根幹には脳腸相関が古くより示唆されているが,IBSの病態に,実際どのように中枢神経が関与しているかは多くが解明されていない。IBSの主要病態に内臓知覚過敏がある。IBSにおけるストレスの重要性と,感染性腸炎後にIBSが発症する一群が存在することは念頭に置きたい。
腹痛,下痢,便秘を症状とするので,これらの症状を説明できる器質的疾患を除外することは重要であるが,除外診断とともに積極的にIBSを診断すべきである。排便で軽快する腹痛,睡眠中には腹痛がない,などの症状や,下部消化管内視鏡検査で肉眼的な異常がないにもかかわらず,少量の送気でも痛みを訴える場合などは,積極的にIBSを疑う根拠になる。受診したIBS患者は,医療機関を受診しないnon patient IBSと異なり,抑うつ状態,不安状態や健康懸念を併せ持つ頻度が高いので,これらの心理社会的な問題を抱えているか否かを判断することは,その後の処方に影響する。内視鏡検査で肉眼的に異常を認めなくても,collagenous colitisによる慢性下痢がありうるので,生検所見も参考にしたい。慢性便秘の中には,甲状腺機能低下症などの内分泌疾患やパーキンソン病の初期(運動症状が顕在化する以前の段階)が原因のこともあるため,鑑別診断の注意が必要である。
IBSと診断したら,まずはその病態と症状発現のメカニズムを患者本人に説明することが重要である。特に,以前にいくつもの医療機関を受診しているIBS患者には,このプロセスが必須である。症状の辛さに共感し,症状発現のメカニズムと見逃されている可能性がある重篤な病気がないことを説明することのみで,処方を必要とせず診療が終了することもある。この疾患には良好な医師-患者関係が構築されていると,高いプラセボ効果(40%程度)が期待できることを念頭に置きたい。最初にあえてプラセボ薬と考えられる処方(たとえば胃粘膜保護薬など)をすることもありうる。下痢,便秘の優勢状態に応じ薬剤を選択し,用量を勘案しながら4~8週間続け,改善すれば治療継続あるいは治療終了とする。これらの治療で改善がなければ,うつ状態や不安症の症状への関与の程度を判断し,抗うつ薬もしくは抗不安薬を使用する。まずは消化管をターゲットにした処方をするが,これで十分でない場合は積極的に抗不安薬や抗うつ薬を使いたい。
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