1 過敏性腸症候群の特徴
(1)過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)は,生命予後には影響しないが,しばしば治療に難渋し,患者のQOLを著しく損なう。
(2)病態の根幹にはストレス,脳腸相関があり,全人的医療が重要である。
2 診断のポイント
(1)器質的疾患を除外することは重要であるが,除外診断とともに積極的にIBSを診断すべきである。
(2)医療機関を受診するIBS患者は抑うつ状態,不安状態や健康懸念を併せ持つ頻度が高い。
(3)先行する感染性腸炎後,数年にわたってIBSが発症する一群である感染性腸炎後(post-infectious:PI)IBSが存在することは念頭に置きたい。
(4)内視鏡検査で肉眼的に異常を認めなくても,collagenous colitis,甲状腺機能亢進症・低下症などの内分泌疾患やパーキンソン病などが消化器症状の原因のこともある。
3 治療方針
(1)まずはその病態と症状発現のメカニズムを説明する。
(2)良好な医師患者関係が構築されていると,高いプラセボ効果(40%程度)が期待できる。
(3)最初は,食事指導・生活習慣改善の指導である。さらに下痢,便秘の優勢状態に応じ薬剤を選択する。
(4)これらの治療で改善がなければ,抗うつ薬もしくは抗不安薬を処方する。
4 薬物治療
(1)下痢優位な症例(IBS-D)に,従来からの止痢薬に加え,5-HT3受容体拮抗薬ラモセトロンが有効である。男性患者において5μg,女性患者に対して2.5μgの有効性が証明されている。
(2)便秘優位な症例(IBS-C)に粘膜上皮機能変容薬は有用である。ルビプロストンおよびリナクロチドは腸管内の水分分泌を増加させ,便の柔軟化や腸管内輸送を促し,便秘を改善させる。加えてリナクロチドは,求心性知覚神経を抑制することにより内臓知覚過敏を改善させる。
(3)IBS-Cに胆汁酸,胆汁酸トランスポーター阻害薬は有用である。胆汁酸は水分分泌と蠕動運動の両作用を促進する。胆汁酸トランスポーター阻害薬であるエロビキシバットは腸管内水分分泌や腸管蠕動運動を促進させ,排便回数を増加させ,便性状や通過性を改善させる。
(4)抗うつ薬は有用であるが,副作用も少なくないため,病態に応じて症例を選択する。一般的な薬物療法でも十分な効果が得られない場合に使用を考慮する。
(5)抗菌薬は現在日本では,IBSに対して保険適用となっていないとはいえ,海外でIBSに対して多くの高いエビデンスを有するリファキシミンがわが国で利用可能になった。前回のガイドライン2014より変更し,IBSガイドライン2020ではIBSの治療法として一部の非吸収性抗菌薬は有効であり,用いることを提案すると変更された。症例を選んで用いることができる。