現在、冠動脈疾患(CAD)例に対する抗血小板薬併用(DAPT)終了後の単剤抗血小板薬(SAPT)としては、一般的にアスピリンが用いられている。しかしクロピドグレルなどのP2Y12阻害薬と比べた場合の「心血管系(CV)イベント抑制作用」や「出血安全性」の優劣は必ずしも明らかでない。そこで、既存ランダム化比較試験(RCT)の個別患者データを用いたメタ解析でこの点を明らかにすべく、PANTHER研究が実施された。欧州心臓病学会(ESC)学術集会における、29日のMarco Valgimigli氏(ベルン大学病院、スイス)による報告を紹介する。
PANTHER研究の対象となったのは、CAD例において「アスピリン」単剤と「P2Y12阻害薬」単剤比較が事前に設置されていた、すべてのRCTである。DAPT期間先行の有無は問わない。ただし経口抗凝固薬を併用した試験は除外された。その結果7つのRCT*が残り、それらから抽出したCAD患者2万4325例の個別データが解析対象とされた(アスピリン群:1万2147例、P2Y12阻害薬群:1万2178例)。
*ASCET、ACDET、CAPRIE、DACAB、GLASSY、HOST-EXAM、TiCAB
対象例の平均年齢は64.3歳、女性は21.7%、アジアからの登録例は23.7%だった。また56.2%に心筋梗塞既往、9.1%に末梢動脈疾患既往、6.6%に脳卒中既往があった。一方、出血既往は0.4%のみだった。
その結果、557日間(中央値)の観察期間中、「CV死亡・心筋梗塞・脳卒中」(CVイベント)発生率は、「P2Y12阻害薬」群:5.5%、「アスピリン」群:6.3%となり、「P2Y12阻害薬」群でリスクは有意に低下していた(ハザード比[HR]:0.88、95%信頼区間[CI]:0.79-0.97)。
一方、大出血リスクは、両群間に有意差はなかった(「P2Y12阻害薬」群HR:0.87、95%CI:0.70-1.09)。
なお「CVイベント」の内訳を見ると、「P2Y12阻害薬」群でリスク低下が著明だったのは「心筋梗塞」のみであり(HR:0.77、95%CI:0.66-0.90)、「脳卒中」(同:0.85、0.70-1.02)と「CV死亡」(同:1.02、0.86-1.20)のリスクに、有意差はなかった。「総死亡」も同様だった(同:1.04、0.91-1.20)。
次にサブグループ別解析だが、「P2Y12阻害薬」群におけるCVイベント抑制は、「急性冠症候群vs.安定CAD」、「脳心腎合併症の有無」や「年齢の高低」、「性別」、「肥満度」、「喫煙の有無」、「地域」など16因子のいずれにも、有意な影響を受けていなかった。また「クロピドグレル(全体の62%) vs. チカグレロル」間にも有意な交互作用はなく、Valgimigli氏はこれを、いわゆる「クロピドグレル抵抗性」がCVイベント抑制作用に影響を及ぼしていない傍証になる、と記者会見にて述べた。
唯一、有意に近い交互作用を認めたのは、血行再建法の違いだった(P=0.074)。CABG施行例(n=2547)における「P2Y12阻害薬」群CVイベントHRが0.89(95%CI:0.68-1.17)だったのに対し、PCI例(n=13241)では0.70(同:0.56-0.86)と減少率が著明に高い傾向を認めた。
Valgimigli氏はこれらの結果から、CAD例に対するSAPTには、アスピリンよりもP2Y12阻害薬が推奨されるべきではないかと結論した。
これに対し指定討論者のSteffen Massberg氏(ミュンヘン大学、ドイツ)は、①対象患者(平均64歳)は実臨床よりも若いのではないか、②出血既往例が0.4%というのは低すぎないか(セレクションバイアスの存在)、③プラスグレルのデータはないのに(解析対象試験に含まれず)「P2Y12阻害薬」と括って良いか、④「総死亡」への影響を考えると費用対効果に問題はないか―などと指摘し、アスピリンよりもP2Y12阻害薬が優先されるべきCADはきわめて限られるとの見解を示した。
本試験はスイスの学術組織から資金提供を受けて実施され、営利企業は一切関与していないとのことである。