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ヘルスサービスリサーチの主要概念【臨床医に伝えたいヘルスサービスリサーチ(1)】

No.5152 (2023年01月21日発行) P.32

田宮菜奈子 (筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野教授)

登録日: 2023-01-23

最終更新日: 2023-01-18

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  • 1. はじめに

    ヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)という言葉はまだ聞き慣れない方も多いかと思う。また「リサーチ」となると敷居が高いイメージもあるかもしれない。しかし,HSRとは,自身を含む医療関係職やその組織によって提供されているサービスが,必要な人に高い質できちんと届けられているのか(「アクセス」と「サービスの質」がポイント)を振り返り確認し,その向上を図る学問である。そのため,臨床の第一線にある先生方が,日々様々な実体験を通じて感じる課題こそ,実は貴重なリサーチクエスチョンとなりうる。

    筆者がHSRに出会ったのも,臨床医として初めて担当した脳梗塞患者が退院した際の苦い経験が原点である。患者が自宅退院のリハビリゴールを達成し,自宅療養可能となったのであるが,在宅介護が無理と悩んだ家族が,退院時に別の病院に入院手続きをしていたということを,退院後に知らされたのである。

    退院後を考慮していなかった自分を恥じつつ,医師が自身の医療のあり方を振り返ることができないことに問題を感じ模索していたところ,1993年の米国留学の際に,二次データを活用し長期予後や療養経過を把握し,サービスとして評価する学問に出会った。そして,大学助手,老人保健施設での臨床をしながら施設のデータを中心にHSRの研究をする日々などを経て,2003年にわが国初のHSRに特化したラボを筑波大学に開設した。既に大学院や学術雑誌などが整備された海外に比して,わが国ではまだ緒に就いたばかりの研究分野であったが,以降,公的データやレセプトデータを活用し,HSRの普及に努めてきた。

    HSRは,本来は医療を対象として発展したが,今では「治す医療」から「治し支える医療」の時代にあって,保健・介護を含む一連のサービス評価という意味も重要となっている。

    本連載は,臨床の第一線でご活躍の皆様にこのHSRの意義や醍醐味を知って頂きたく,方法論や各科専門の医師による研究の実例を紹介するものである。なお,HSRの手法は多様であるが,個人のケースではなくサービスに関連する集団を対象に分析をしていくことから,統計・疫学がその基盤となる(☞本連載第2回を参照)。

    2. HSRの父・Donabedianによる3概念

    HSRの父と言われるDonabedianによる3概念1)は,HSRの基本である。「ストラクチャー(構造)」:サービスを提供するために必要な設備や人員配置などの体制(英国ではNHS:National Health Servicesを基本とする行政単位の評価の流れから,財源と利用者を含めて「インプット」することが多い),「プロセス(過程)」:提供されるサービスの一連の流れ,アクセス,提供されるサービスの内容,「アウトカム(結果)」:サービスによりもたらされた利用者の状態変化(予後,臨床状態,ADL,QOL等)の3概念である。

    Donabedianは米国の研究者として有名であるが,実は,彼はレバノンの家庭医であった。彼自身の臨床の疑問から,たまたま米国ハーバード大学教授の疫学の講演会を聞きに行き,感銘を受け質問をしたのがきっかけで米国に留学したそうである。今でこそ,臨床医が公衆衛生修士をとりに国内・国外留学することが世界的に多くなったが,その先駆けである。

    3概念のうち最も重要なのは,サービスにより利用者が結局どうなったのかをみる「アウトカム(結果)」評価であるが,その際には,サービス利用者には利用の時点で既に何らかのセレクションがかかっているので,サービス利用前の状況で調整すること(Case-Mix adjustment)が大変重要である。よく紹介される例としては,病院ごとの術後の生存率が公表された米国でのケースがある。もし,読者の皆さんが管理者で,自身の病院の生存率が大変悪いことが公表されてしまい,すぐにも改善しないと経営も危うい状況となったら,どうするか考えてみて頂きたい。腕の良いスタッフを雇用する,質の改善委員会をつくる,などがあると思うが,最も簡単に数字を良くするにはどうするか……。倫理的に問題であるが,術前の状態が良い患者だけを手術するのが結果の数字を良くするには簡単で,実際にこのようなことが米国で起きた。これでは本末転倒である。対処方法としては,同じ重症度の者にわけて分析する層別化,重症度を変数に入れて考慮して分析する多変量解析,さらには,サービスの利用しやすさを調整する操作変数法などの統計・疫学の方法を用いるのがよい(☞本連載第2回参照)。

    3. 疫学の“曝露と結果”とDonabedian 3概念

    疫学が基本であることを述べたが(疫学のテキストは一読してほしい),このDonabedian 3概念のアウトカムと,疫学研究デザインにおける“曝露と結果-XとY”における結果(アウトカム)は,同じ言葉でも概念が異なることにも留意が必要である。疫学研究デザインの結果(アウトカム)としてDonabedian 3概念のプロセスを設定した研究1 2)(☞本連載第5回参照)およびDonabedian 3概念のアウトカムを設定した研究2 3)の例を表1に示す。

    研究1はレセプト情報・特定健診等情報データベース(national database:NDB)を用いて,糖尿病治療で必要とされる年に1度の網膜症検査などのガイドライン的治療が,全国の施設でどの程度行われているのかを地域別・施設属性別に算出し比較したプロセス評価研究である。ここでは,曝露は学会認定教育施設かどうかの施設属性(ストラクチャー)である。

    研究2は,介護施設において要介護度が悪化しにくい施設の特性を分析したアウトカム評価研究である。ここでは曝露は各種加算(プロセス)および人員配置(ストラクチャー−結果として栄養士の配置が介護度維持に関連していた)になっている。HSRでは3概念のどれが疫学の“曝露と結果”なのかを意識した研究デザインを立てるとよい。

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