羊水塞栓症は,胎児皮膚角化物,胎脂などが子宮内の血管から母体血に迷入し,肺動脈に塞栓を起こして心肺虚脱を発症する(心肺虚脱型羊水塞栓症)と考えられてきた。しかし,近年ではそれだけが病態ではなく,胎児成分(胎便,扁平上皮細胞,毳毛,胎脂,ムチンなどの細胞成分だけでなく,胎便中のプロテアーゼ,組織トロンボプラスチンなど液性成分も)が母体血に触れ,アナフィラクトイド反応が惹起され,発症すると考えられている。
典型例では破水後や分娩後に,急激にショック症状や意識障害,多量出血,播種性血管内凝固症候群(DIC)となる。妊産婦死亡の原因として,産科危機的出血,脳出血についで3番目に多い疾患である。稀な疾患ではあるが,明らかなリスク因子などはなく,どんな妊婦でも発症する可能性があると考える。分娩前の破水,分娩中,帝王切開中いずれの場合でも突然発症し,予防・予測は困難である。
分娩中,分娩直後に急激な呼吸障害,意識障害,ショック症状を呈した場合に本疾患を疑う。臨床的に肺血栓塞栓症と羊水塞栓症の鑑別は難しい場合が少なくなく,母体急変ではこれらを疑って対応する。急激なショック以外に特異的な症状はなく,point of care testingとして診断する方法はないので,遭遇した場合は,本症を疑いながら対応するしかない。破水直後に急変が起きた場合は本症の可能性が高いと考えられるが,そうでない場合もある。
死亡例や子宮摘出例では,剖検や病理所見で羊水成分を同定〔アルシャンブルー染色,サイトケラチン,シアリルTn抗原(STN),亜鉛コプロポルフィリン-1(ZnCP-1)〕することで診断できる。また,血清補助診断としてZnCP-1やSTNなどの羊水流入マーカー,アナフィラクトイド反応の結果として生じる補体活性(C3, C4)高サイトカイン血症の結果としてのIL-8値などが参考になるが,リアルタイムに結果を得ることはできず,治療中の母体に対して確定診断することはできない。これらの血清補助診断は,日本産婦人科医会の事業として浜松医科大学に検査を依頼することができる1)。
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