今回は,現代の産業保健では欠かせない,メンタルヘルス対策についてお伝えしたいと思います。
2011年10月,産業医が敗訴した大阪市K協会事件の判決がありました。この裁判は,産業医の面談時の対応が不適切であったため,原告である職員の病状が悪化し,復職時期も遅れ,かつ精神的苦痛も被ったとして,損害賠償を産業医のみに請求した裁判です。
この裁判の中で,裁判長は「産業医は,大局的な見地から労働衛生管理を行う統括管理に尽きるものではなく,メンタルヘルスケア,職場復帰の支援,健康相談などを通じて,個別の労働者の健康管理を行うことをも職務としており,産業医になるための学科研修・実習にも,独立の科目としてメンタルヘルスが掲げられていることに照らせば,産業医には,メンタルヘルスにつき一通りの医学的知識を有することが合理的に期待されるものというべきである」と指摘しています。つまり,産業医自身にメンタルヘルスについて対応する能力が求められ,一定の責任があるということが,社会的にも明確に示されたことになります。
一方,世界的にもメンタルヘルスの問題を抱える人口は増えています。この潮流を受けて,米国の家庭医療教育者が“将来の家庭医が取り組む重要課題”に関する論文の中で,メンタルヘルスが家庭医の取り組む課題であると明記しています1)。これからの時代のプライマリ・ケア医(家庭医)にとっても,メンタルヘルスへの対応能力,診療力は必須のスキルとなっていきます。
日本の職場において,精神障害および行動障害は,悪性新生物や循環器疾患よりも労働損失年数に最も大きく影響しているとの研究結果があります。また,悪性新生物や循環器疾患が死亡率に影響しているのとは異なり,精神障害および行動障害は,病気欠勤や病気を理由とした早期退職と関連があり,この傾向は若年層でより強くなっていました2)。こうしたことからも,適切かつ早期のメンタルヘルス対策および介入は,労働損失対策としても重要と言えます。
2013年の労働政策研究・研修機構(JILPT)による「メンタルヘルス,私傷病などの治療と職業生活の両立支援に関する調査」では,過去3年間で半数の企業に休職者が発生し,復職率は約5割と報告されています3)。さらにその調査では,「治療と仕事との両立の課題」として,「休職者の復帰後の仕事の与え方,配置」が最も多いという結果でした。
休職者が復帰した際に,「どのように仕事を与えたり,配置するか」という点については,主治医との連携が重要になってきます。プライマリ・ケア医(家庭医)による復職面談では,その人の様々な背景を考慮しながら,職場の許容範囲とのすり合わせを行っていきます。
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