腹膜偽粘液腫(pseudomyxoma peritonei:PMP)は臨床症状に対する疾患名で,原発巣がどこであれ,以下の定義を満たすものである。すなわち,①粘液産生性腫瘍から産生されるゼラチン様腹水が腹腔内に多量にたまった状態,②ゼラチン様腹水がなくても粘液癌による粘液産生性の腹膜播種がある場合,③腹水が少量でも大網ケーキや巨大な卵巣転移がある場合,である。発生頻度は人口100万人に1~1.5人である。
以下,筆者の経験したPMP1867例の成績をもとに述べる。診断時年齢は60~70歳代が多く(6~98歳),男女比は1:2であった。PMPの原因となる腫瘍の発生臓器は虫垂が92%と最も多く,卵巣6.4%,尿膜管1.2%,膵臓〔膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)〕0.1%などである。
特徴的な症状はないため,術前の正診率は34%と低く,卵巣腫瘍,虫垂腫瘍,虫垂炎,腹部腫瘍,鼠径ヘルニア,尿膜管腫瘍などと診断されている。最終的に,切除標本の病理診断(45%),画像診断(CT,MRI)(15%),腹腔穿刺(11%),大腸内視鏡生検(3.7%),腹部針生検(2.7%),ヘルニア手術時(1.1%)で診断されていた。
虫垂原発では,CTで虫垂内に低吸収の液体貯留を示し,管状・囊胞状腫瘤が盲腸に連続している。MRIでは内部の粘液はT1強調像で低信号,T2強調像で高信号を示す。尿膜管由来では腹壁正中線上の臍から膀胱頂部の間に腫瘤として描出される。卵巣原発粘液腫瘍は多くは境界悪性で,奇形腫や悪性例は数%である。多房性で,T1強調像,T2強調像とも多彩な信号を示す。
治療の原則は腹膜切除により肉眼的に認められる転移を完全切除し,遺残した粘液とその中にある微小転移を術中温熱化学療法(hyperthermic intraperitoneal chemotherapy:HIPEC)で治療することである。
完全切除された場合の10年生存率は原発巣を問わず70%であるが,不完全切除例の10年生存率は20%以下である。このように,完全切除できるか否かが最も強い予後因子であるが,その他の予後因子として重要なものは腹膜播種係数(PCI)と組織型である。PCIは腹腔内13箇所の腹膜の転移の程度(lesion size:LS)を0~3段階に分類し,13箇所のLSの総計で,最少0,最大39となる。完全切除後のPCI別10年生存率は,<10が81%,10~19が75%,20~29が53%,>30が45%であった。PMPの組織型は無細胞性(acellular mucin:AM),low grade mucinous carcinoma peritonei(LMCP),high grade MCP(HMCP),印環細胞癌に分類され,各々の完全切除後の10年生存率は91%,76%,62%,14%であった。また,完全切除後のHIPEC施行例は10年生存率74%,非施行例は54%で有意差があった1)。このように印環細胞癌以外の組織型のPMPでは,腹膜切除による完全切除後にHIPECを行うと,治癒する例が50%以上あると考えられる。一方,全身化学療法が有効であるとするエビデンスは報告されていない。
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