腸管からの各種栄養素(糖質,蛋白質,脂肪,ビタミン,ミネラル,水・電解質など)の吸収不良によって惹起される,種々の臨床症状を呈する症候群である。原発性吸収不良症候群と続発性吸収不良症候群に分類される。原発性の要因としてはセリアック病や,乳糖不耐症・無βリポ蛋白血症などの選択的刷子縁膜病など,続発性はクローン病や短腸症候群,感染症(Whipple病,裂頭条虫症,糞線虫症など),アルコール依存症の粘膜傷害等による症候性吸収不良症候群と小腸以外に異常を認める消化障害性吸収不良症候群に細分類される。実臨床では慢性膵炎等による膵外分泌障害,クローン病,胃全摘後・膵全摘後・短腸症候群等の手術後吸収不良症候群が多い。
セリアック病は,強力粉の成分であるグルテンによって生じる腸管の自己免疫性疾患である。疎水性蛋白のグルテンは,腸管粘膜を通過し粘膜固有層で組織トランスグルタミナーゼによる脱アミド化を受けてグリアジンペプチドとなり,抗原提示細胞に認識される。抗原提示細胞により活性化したDQ2/8ヘルパーT細胞は,他のリンパ球を介してINF,IL-4,TNFなどの組織傷害性因子の放出を促し,粘膜の萎縮をきたす。欧米での罹患率は血清学的には1%,組織学的には0.6%であるが,日本では希少疾患である。グルテン含有食で腹部症状(下痢,嘔気・嘔吐,腹部膨満感)が悪化する。合併症として,腸管症型T細胞リンパ腫,疱疹状皮膚炎,1型糖尿病,シェーグレン症候群,慢性甲状腺炎(橋本病),グルテン失調症,IgA欠損症,関節痛,不妊症,ダウン症などがある。鑑別すべき疾患は,非セリアック・グルテン過敏症(non-celiac gluten sensitivity。グルテン摂取数時間~数日で過敏性腸症候群様の症状発現,中止すれば改善するが,再摂取で症状再現),小麦アレルギーがある。
乳糖不耐症(lactose intolerance)は,空腸の刷子縁膜に存在する二糖類分解酵素である乳糖分解酵素(ラクターゼ)活性低下により乳糖(ラクトース)のグルコースとガラクトースへの加水分解が低下することで生じる。先天性の酵素欠損(LCT遺伝子異常。稀)と二次性の酵素活性低下(腸炎後の一過性低下,好酸球性消化管疾患,短腸症,免疫不全症性関連腸炎など)によるものがある。一般に授乳期ではラクターゼ活性は高く,離乳期以降は活性が低下するが,人種や乳製品摂取習慣によって乳糖不耐症の頻度は異なる。酪農が盛んで牛乳消費量が多く,かつ日差しが少なくカルシウム摂取が必要な北欧や英国では0~15%,南欧・ロシア,オーストラリア,ニュージーランドでは15~30%,南米・アフリカ,中東では30~98%,東アジアでは80~98%であるが,日本人でも乳製品摂取習慣のある場合は,乳糖不耐症の頻度は低い。小腸で消化されずに大腸に流れた乳糖は,浸透圧性下痢や体重増加不良,腸内細菌による発酵により腹部膨満や腹鳴をきたす。乳児期の重症例は別として,成人の乳糖不耐症は病気とは言えないが,過敏性腸症候群をきたしうる。
無βリポ蛋白血症(abetalipoproteinemia)は,著しい低コレステロール血症および低トリグリセリド血症(原発性低脂血症)をきたす,MTTP(microsomal triglyceride transfer protein)遺伝子異常を有する希少な常染色体劣性遺伝疾患である。アポB含有リポ蛋白であるカイロミクロン,VLDL,LDLが欠如しており,患者血中にアポBはアポB-48,アポB-100ともに認めない。脂肪吸収障害とそれによる脂溶性ビタミン欠乏症が授乳開始時より持続するため,適切な治療を長期に継続しないと不可逆的な眼症状,神経障害をきたしうる。
下痢,体重減少,るい痩,倦怠感:エネルギーの吸収障害,低蛋白血症・低コレステロール血症。
脂肪便:脂肪の吸収障害(腐敗臭を有し,灰白色で光沢を帯びている。粥状また泥状で量が多い)。
浮腫,腹部膨満:蛋白質の吸収障害による低蛋白血症。
動悸・立ちくらみ・ふらつき:鉄の吸収障害による小球性低色素性貧血,ビタミンB12・葉酸・銅の吸収障害による大球性高色素性貧血。
皮膚炎,味覚低下:亜鉛などの微量元素の吸収障害。
出血傾向:ビタミンKの吸収障害。
テタニー:カルシウム,ビタミンDの吸収障害。
血液検査(上記所見の有無),尿検査(異常なし)。
便検査〔便潜血反応,寄生虫検査,脂肪吸収障害の指標として脂肪便の確認(スダンⅢ染色によるオレンジ色の脂肪滴が10個以上/100倍1視野)〕。
CT,上部消化管内視鏡,大腸内視鏡,小腸カプセル内視鏡・バルーン小腸内視鏡による消化管病変,腸間膜,周囲リンパ節の形態変化,基礎疾患,生検病理の確認。
D-キシロース吸収試験(糖質吸収障害の指標:5g法では5時間蓄尿で1.5g以上の排泄)。
BT-PABA試験(ペプチドの消化吸収,膵外分泌能・小腸吸収障害の指標:試薬内服後の6時間蓄尿で70%以下)。
①グルテンフリー食による症状の改善。
②内視鏡による小腸(特に十二指腸,空腸)の絨毛萎縮,びらん,潰瘍によるケルクリング襞の変形(scalloping。襞のホタテ貝様外観)・消失,結節状粘膜(mosaicism),リンパ腫合併の確認。内視鏡下生検(病変は散在しているため4個以上採取)で上皮細胞間リンパ球の増加(25個以上/上皮細胞100個),絨毛萎縮,陰窩過形成,リンパ腫の確認。
③血清学的検査(保険未承認):未治療患者での感度・特異度が95%と高い抗組織グルタミナーゼIgA抗体(TG2抗体)をまず測定する。低力価(上限の2倍未満)の場合は,特異度の最も高い抗筋内膜(エンドミシウム)IgA抗体を測定する。抗グリアジンIgA抗体は特異度が低いので用いられない。治療により改善,陰性化する。
④HLA-DQ2/8遺伝子検査(保険未承認):90~95%はHLA-DQ2.5ヘテロダイマー(DQA1*05とDQB1*02),5~10%はHLA-DQ8ヘテロダイマー(DQA1*03とDQB1*03:02)またはHLA-DQ2.2が陽性。稀にDQ2.5ヘテロダイマー(DQ7.5)が陽性。日本人ではこれら遺伝子座は稀である。
①乳糖の除去(無乳糖ミルクの投与)による症状の改善。
②経口乳糖負荷試験(乳糖吸収障害の指標):牛乳1本(乳糖10g)内服前と1,2時間後で血糖上昇が20mg/dL未満で陽性。
③水素呼気試験(乳糖吸収障害の指標,末消化乳頭の細菌代謝による。保険未承認):牛乳5本(乳糖50g)内服前後2,3,4時間の終末呼気水素ガス濃度20ppm以上で陽性。
④75g経口ブドウ糖負荷試験:単糖類のブドウ糖の吸収能が正常であることの確認。
①血中総コレステロール50mg/dL未満,血中トリグリセリド 15mg/dL未満。
②脂肪便・下痢,神経症状,網膜色素変性症(夜盲,視野狭窄,視力低下)。
③血中アポ B濃度5mg/dL未満,有棘赤血球の存在。
④MTTP遺伝子変異。
残り2,332文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する