わが国の成人人口の約13%が慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)と言われている。高齢化が進み,CKD患者の増加も見込まれる。また,年間3万人以上の患者が末期CKDから新規透析導入となり,既に維持透析患者数は34万人を超え増加の一途にある。CKDは慢性腎不全の原因となるだけでなく,心血管疾患(cardiovascular disease:CVD)の発症や死亡のリスクとなることが明らかとなり, CKDの早期診断・治療介入が重要である。
腎臓病の創薬は長らく医学の中で最も遅れた分野のひとつであったが,近年IgA腎症をはじめとする糸球体腎炎の治験が盛んになっている。高血圧症・2型糖尿病・脂質異常症・肥満症などの生活習慣病,そしてリウマチ・膠原病でも腎臓病をきたし,それぞれの原疾患に対する薬物療法は数多く存在するが,CKDを適応症とする薬物は存在しなかった。しかし,近年ナトリウム依存性グルコース輸送担体2(sodium-glucose co-transporter 2:SGLT2)阻害薬やミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(mineralocorticoid receptor antagonist:MRA)などの西洋薬がCKDを適応症として承認されるようになり,治療効果を上げている。いずれにしてもCKDの早期診断・治療介入は,その進行阻止の観点から重要であることに変わりはない。
本稿の読者においては「一般的な型通りの医療をCKD患者に施してきたが,患者の症状や病態が十分改善しない」「臨床検査では異常を認めないが,治療できない訴えがある」など現場で困った経験があり,西洋薬による標準治療を行っても十分な効果を上げられない症例に日々悩みながら,その隙間を埋める治療法を探している方が多いのではないだろうか? 高齢者医療を中心に漢方治療を行う機会が増えているが,究極のプライマリ・ケアであるCKD診療も例外ではない。
筆者のCKD診療における漢方治療の目的とは,腎臓病の標準治療の隙間を埋めるだけでなく,標準治療をサポートすることである。標準治療を無視して漢方薬で奇跡を起こすことを目的にしているわけではなく,あくまでも標準治療を基本とした上で,漢方治療を行うよう心がけている。
本稿を執筆するにあたり,大きく2つの特色を意識した。まず「保存期CKD・透析期における漢方治療の基本」である。生薬の副作用の項では,甘草による偽性アルドステロン症,麻黄による高血圧症などについて,それぞれの医療用漢方薬における含有量にも言及し,その副作用の回避法などについて具体的に解説している。
CKDの診療では,早期治療介入によって腎機能を改善させる,あるいは悪化させないことが重要であるが,加齢に伴う腎機能低下が徐々に進行する患者は少なくない。CKD重症度分類(図1)1)は,死亡・CVD・末期腎不全のリスクを層別化して作成されたものである。CKDの進行の度合いに応じて,降圧薬・脂質異常症治療薬・高カリウム(K)血症治療薬・高リン血症治療薬・利尿薬・腎性貧血治療薬など多くの薬剤が使用されるが,いずれも血液検査データをもとに投薬されることが多い。CKD患者は重症度の進行に伴い,多くの「症状」を訴えるが,西洋医学でこれらの症状すべてに対応することは不可能であり,漢方薬に期待が持たれる。本稿ではCKDの重症度に応じて頻用される代表的な医療用漢方薬を一覧表として示している。
もう1つの特色は「保存期CKD・透析期における漢方治療の実際」であり,症状に応じてすぐにでも漢方薬を処方できるように工夫したことである。高血圧症・心不全・慢性糸球体腎炎・ネフローゼ症候群・透析中の除水困難症・感冒(呼吸器感染症)などの西洋医学的診断から,頭痛・眩暈・睡眠障害など多彩な訴えまで,幅広く対応できるようにした。特に進行したCKD患者に合併率の高いサルコペニア・フレイルに対しては,西洋医学ではいまだによい薬物療法がないが,漢方治療による効果が期待できる。
腎臓病の中には,現代医学で根治困難な疾患が多く存在する。さらに,長期罹患に伴い多疾患併存状態となり,多くの訴えや症状が出現するようになる。そのようなとき,治療ガイドラインに従って薬物療法を行うとポリファーマシーとなり,医療費が高額になりがちである。しかし,漢方治療は全身の様々な症状に対し,通常1種類または相性のよい2種類の漢方薬で治療を行うことが可能である。つまり,多くの訴えも1~2種類の漢方薬で治療できるということで,ポリファーマシーの予防だけでなく,医療費の削減につながる可能性もある。以上より,CKD診療の現場で漢方薬が果たす役割は大きい。