わが国は平均寿命世界一を達成し,いよいよ人生100年時代を迎えようとしている。超高齢化社会の中で,90歳を迎える人の割合は,女性で約50%,男性で約25%とされ,健康長寿対策が求められている。要介護になった原因の解析でも,約80%がフレイルに由来するとされ,フレイルの早期発見,予防対策がきわめて重要である。フレイルにおける胃腸(gut,ガット)という臓器が果たす役割の重要性を理解して頂くためにも,筆者らが提唱している「ガットフレイル」という概念を紹介したい。この概念を理解して頂き,腸からのウェルビーイングをめざす戦略,特に食・栄養学,さらにはマイクロバイオームからのアプローチを紹介したい。
フレイルとは,frailty(フレイルティー)の日本語訳で,病気ではないけれど,年齢とともに筋力や心身の活力が低下し介護が必要になりやすい,健康と要介護の間の虚弱な状態のことを指す。健康な状態と日常生活でサポートが必要な介護状態の中間を意味する。ガットとはgutのことで,胃腸などの消化管を意味している。ガットフレイルとは,胃腸の働きの「虚弱化」という意味で名づけた1)(図1)。
重要な点は,ガットフレイルが種々の疾患の増悪あるいは先行要因,老化の基盤病態とも言える慢性炎症の原因となる可能性が高いことである。たとえば,神経変性疾患であるパーキンソン病の非運動症状として便秘は高頻度であり,疾患の自然史の中で便秘症状が神経症状の出現に10年以上先行することも稀でない。
さらには,病因とも考えられるαシヌクレインの凝集体は腸管から迷走神経を上行し,脳内に沈着する可能性も見出されている。このようなパーキンソン病は脳ファースト型に対して腸ファースト型に分類されるが,意外にも日本人のパーキンソン病の60%以上は腸ファースト型とされる2)。パーキンソン病と腸内細菌叢に関する世界5カ国の比較解析の結果でも,FaecalibacteriumやRoseburiaなどの酪酸産生菌が同様に減少し,HungatellaやAkkermansiaなどが増加していることも報告されており3),神経疾患の病態理解に腸内環境の解析が必須な時代となっている。
ガットフレイルは,決して患者のみを対象にした概念ではない点にも注意が必要である。文部科学省の公表データでは,「通級による指導」(特別支援教育)を受けている児童生徒数は経年的に増加しており,15万人近くが小・中・高等学校で指導を受けている。障害種別では,注意欠陥・多動性障害,情動障害,学習障害,自閉症,言語障害の順に多くなっている。脳腸相関といった概念もあり,腸と脳は密接な相互関係にあり,ガットフレイルが脳機能障害の増悪要因となっている可能性もある。
労働者の労働生産性を比較した調査においても,日本は経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development:OECD)加盟38カ国中23位であり,昨今の働き方改革の議論もあり,その低さが問題となっている。特に,欠勤や休職によるアブセンティーズム(absenteeism)以上に,出勤しているにもかかわらず心身の健康上の問題が作用してパフォーマンスが上がらない状態を指す「プレゼンティーズム(presenteeism)」が問題となっている。
つまり,「ガットフレイル」とは,胃腸の働きの「虚弱化」という意味で名づけた新しい概念で,赤ちゃんから始まり人生のすべて,特に働き盛りの人も含んだすべての人のウェルビーイングを「ガット」への対策から目指すものである。