感染研は自らの「超過死亡数」をどのように説明しているのだろう。感染研(正確には感染研が加わっている厚生労働科学研究費補助金チーム)は回答の中で,予測死亡者数の推定に用いる死亡者データにコロナ期が含まれる理由を「COVID-19の影響を受けた『新たな通常』状態を反映するため」と説明する。新型コロナによる感染が定常的に継続する,すなわちエンデミック(endem-ic)な状態を「新たな通常」と見なし,「新たな通常」からのズレを「超過死亡」と定義するのだという。しかし,この定義は「感染研が考える何かしらの超過死亡」ではあっても,新型コロナの流行に伴う死者の増加数ではない以上,「新型コロナの超過死亡」ではない。
感染研は回答で,「推定の不安定性」や超過死亡数の推定方法に「絶対的な正解はない」ことも強調しているが,問題の本質とまったく関係ない。確かに過去の死亡者数から「予測死亡者数」を推定するためには一定の数理的仮定が必要になり,その仮定は一意に決まらない(絶対的正解はない)。しかし,「新型コロナの超過死亡数」(式2)であるか否かという根本問題とまったく関係がなく,図2で示される定量的な違いも説明できない。
感染研の定義する「超過死亡数」が「新型コロナによる超過死亡者」とまったく異なることを図2で確かめよう。感染研では直近5年間の死亡者数だけから予測死亡者数を推定し,実死亡者数との差を超過死亡者数とするから,「新型コロナによる超過死亡者」が年々大幅に増えても(図2a),トレンドが一定であれば流行6年後には,感染研の「超過死亡」はゼロとなる(図2b)。
このように,感染研の「超過死亡」は,感染流行によって死亡者がどれだけ増え続けても,これを「新たな通常」として許容できると仮定できる場合に意味がある統計量である。そのような仮定に意味がなければ,その「超過死亡」は「新型コロナによる超過死亡」と異なるのみならず,その解析自体に医学的意味が見いだせない。
感染研はこれまで,発表している超過死亡数が「新型コロナの超過死亡数」とは異なるという事実を開示してこなかった。感染研がメディアへのプレスリリースの場で,その超過死亡数が「新型コロナの超過死亡数」ではないことを開示していたか,新聞・テレビ各社の記者に確認したところ,そのような説明はなかったと全記者が証言した(2024年1月31日に筆者が記者会見12)を行った際に確認)。報道各社は,この「超過死亡数」をWHOなどと同じ「新型コロナの超過死亡数」と見なし,超過死亡は起こっていないという感染研の発表を前提に,新型コロナが終息したかのような報道を行い,世論を誤導していたのだ。
各社は1月の私たちの記者会見で,その報道が誤った前提に基づいたものだったことを理解したが,日本経済新聞やNHKなどの各メディアは2024年7月時点で,訂正を行っておらず,共同通信配信の正確な記事13)に触れた読者以外は誤導されたままである14)。
直近5年間の死亡データを使う感染研の超過死亡推定法は,新型コロナ1年目,2020年では正しく「新型コロナの超過死亡数」(式2)を導くものだったという事実は重要である。その時点で予測死亡者数推定に用いる死亡データは2015〜19年で,すべてコロナ以前だからだ。しかし,年が2021年に変わると状況は一変した。予測死亡者数推定に,コロナ期に入った2020年の死亡データを使うことになったからだ。つまり,2021年から,感染研の「超過死亡数」は「新型コロナの超過死亡数」ではなくなった。
超過死亡数が「新型コロナの正しい超過死亡」から外れたことを,感染研は2022年6月になってアドバイザリーボードへ報告している9)。医学研究ではプロトコル事前登録からわかるように,解析方法をあらかじめ定め,事前開示することで結果の恣意的解釈を防ぐ。しかし,この報告は報道関係を含めた外部者がわかる形では公表されていない。一方,感染研感染症疫学センターのWeb8)上の「5 超過死亡の解釈」では,感染研方式の超過死亡数が,エンデミックではなく,式2の定義と同じ「新型コロナの超過死亡数」である旨が説明されている。このように同じメンバーによる同一の解析方法が,あるときは「新型コロナの超過死亡数」(式2)と説明され,あるときは「エンデミックなもの」と説明されている。自己矛盾している。
これらの矛盾は,以下の理解でクリアに説明できる。感染研(厚労科研)の研究者たちは,取り扱うモデルが2021年からは「新型コロナの超過死亡数」を扱えなくなることを失念しており,2022年の半ばになってから問題に気づいた。しかし,2021年初頭からその時点まで対外発表した超過死亡データは,メディアを通して社会に広く報道,発信されていた。そのため,行政の「無謬性」を堅持する目的で,一見辻褄が合う概念として「エンデミック」を持ち出したと。しかし,そもそも2024年までは,コロナ期間内と外,双方の死亡者数データから予測死亡者数を推定する過渡状態であり,エンデミックですらないのである。無謬性のために無理な取り繕いを行ったところで,結局,矛盾は矛盾をまねき続ける。
日本では,新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身 茂会長(当時)や政府が「新型コロナは空気感染ではない」と発言し,その無謬性を守るため効率的・経済的対策が世界に比べて何年も遅れ,被害を拡大した。同様の誤りが繰り返されていると考えられる。
世界的なNPO組織,Our World in Data15)は,日本の超過死亡数は現在,年間10万人を優に超え,人口当たりの累積超過死亡数も既にカナダとフランスを超えると報告しており,終息の気配もない。交通事故死亡者数の数十倍もの死者数が続いていることは,日本では知られていないが,世界的には公知の事実である。
空気感染を主たる感染経路とする感染症では,社会的対策のあり方で被害規模が大きく変化する。感染研が誤って「超過死亡なし」と発表をすれば,パンデミックは終息して対策は不要という誤解を広めて対策を後退させ,感染は拡大する。現在の知見では,換気やマスクの適切な活用で効果的・経済的な対策が可能であるが16)17),今や,多くの市民は無視をしている。その大きな原因は感染研の誤った超過死亡発表であり,人災である。
感染研は,その社会的責任の重大性に鑑み,発表している超過死亡数が「新型コロナによる超過死亡数」ではないという事実を正直かつ速やかに公表し,経過を検証・総括すべきである。仮に独自の超過死亡数に学術的関心があるならば,式2で定義される世界標準の「新型コロナによる超過死亡数」を追加で示せばよいだけである。
今回の件は,日本の公衆衛生学,ひいては医学界に対する信頼を損なう重大な問題である。仮に感染研や厚労科研チームに本件の学術能力がないならば,他の公衆衛生・疫学研究者,海外研究者,あるいは関連領域研究者が代替してもよいだろう。いずれにせよ,世界の公衆衛生・疫学者が唖然とするような惨状は速やかに改善されなければならない。
【文献】
1)菅谷憲夫:医事新報. 2024;5216:32.
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=24106
2)WHO:Global excess deaths associated with the COVID-19 pandemic. 2022.
https://www.who.int/news-room/questions-and-answers/item/global-excess-deaths-associated-with-the-COVID-19-pandemic
3)武藤香織, 他:新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(資料3-9).(令和5年1月11日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001036023.pdf
4)読売新聞:コロナ関連死が5類移行後で最多に.(2023年11月24日)
https://www.yomiuri.co.jp/medical/20231124-OYT1T50173/
5)総務省消防庁:各消防本部からの救急搬送困難事案に係る状況調査の結果(R6.3.25~R6.3.31).
https://www.fdma.go.jp/disaster/coronavirus/items/coronavirus_kekka.pdf
6)厚生労働省:人口動態統計月報(概数).(令和5年12月分)(年計を含む)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/m2023/12.html
7)厚生労働行政推進調査事業費補助金 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「医療デジタルトランスフォーメーション時代の重層的な感染症サーベイランス体制の整備に向けた研究」:日本の超過および過少死亡数ダッシュボード(週毎-死亡数).
https://exdeaths-japan.org/graph/weekly
8)国立感染症研究所:我が国における超過死亡の推定(2020年4月までのデータ分析).(2020年7月31日)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/493-guidelines/9748-excess-mortality-20jul.html
9)国立感染症研究所の超過死亡発表についての公開質問状と回答.(2024年1月)
https://web.tohoku.ac.jp/hondou/letter3/
10)Eurostat(EU):Excess mortality statistics.
https://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php?title=Excess_mortality_-_statistics&oldid=628176#Recent_data_on_excess_mortality_in_the_EU
11)Office for Health Improvement & Disparities(U.K.): Excess mortality in England:methodology.(Updat ed 01 December 2022)
https://fingertips.phe.org.uk/documents/EMMethodology.pdf
12)本堂 毅, 他:新型コロナウイルス感染症についての合同記者会見のご案内.
http://web.tohoku.ac.jp/hondou/letter3/release.pdf
13)東京新聞:「感染研発表の『超過死亡』計算法」2024年7月3日夕刊.(共同通信のみが2024年6月に配信)
14)ビル・コバッチ, 他:ジャーナリストの条件─時代を超える10の原則─. 澤 康臣, 訳, 新潮社, 2024.
15)Our World in Data:Excess mortality during the Coronavirus pandemic(COVID-19).
https://ourworldindata.org/excess-mortality-covid
16)本堂 毅:臨環境医. 2021;30(2):56-9.
17)本堂 毅:臨環境医. 2024;32(2):91-7.