【Q】
労働安全衛生法の改正案(医師または保健師による労働者の精神的健康の状況を把握するための検査を事業者に義務づけるという内容)が成立する可能性が高いというが,同改正案では「検査の結果を通知された労働者が面接指導の申し出をしたときには,医師による面接指導を実施する」とされている。
精神的健康状態に問題があると考えられる労働者に対して「安全配慮義務」に基づき産業医が当該労働者に面接指導を受けるよう積極的に働きかけることは可能か。 (東京都 Y)
【A】
改正安衛法は,「ストレスチェックの検査結果の通知を受けた労働者が,医師面接指導を希望する旨申し出た場合に,医師面接指導を行わなければならない」と規定しているが,事業者の安全配慮義務の観点からは産業医が必要と認めた場合には,むしろ積極的に面接指導を受けるよう働きかける義務を負っていると言える。
(1)ストレスチェック制度の内容
現在,国会にストレスチェック制度を含む安衛法の改正案が提出され参議院(同院先議)を通過したが,衆議院で審議待ちの状態である。
この「心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)」制度については,当初労働政策審議会の答申を得た要綱(以下「要綱」)では,すべての規模の事業場に対して,医師または保健師による労働者の心理的な負担の程度を把握するための検査などの実施の義務づけをしていたが,その後,国会提出前にこれを産業医の選任が義務づけられている「従業員数50人以上の事業場」に対して義務づけると修正した。また,「従業員数50人未満の事業場については,当分の間努力義務とする」との修正がなされた。
また,要綱では,面接指導の実施者について,医師と保健師とのみ定められていたが,「その他の厚生労働省令で定める者」と拡大して,一定の研修を受けた看護師,精神保健福祉士を含めることとされ,一方,受ける側の労働者の受診義務についても,要綱では「労働者は検査を受けなければならない」との,ストレスチェックの受診義務が規定されていたが,労働者の意に反してまで,受診を義務づけることは適当でないため,労働者の受診義務に関する規定は削除された。
(2)面接指導に関する産業医による働きかけ
ご質問にかかる検査結果の「通知を受けた労働者であって,心理的な負担の程度が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令で定める要件に該当するものが医師による面接指導を受けることを希望する旨申し出たときは,当該申出をした労働者に対し,厚生労働省令で定めるところにより,医師による面接指導を行わなければならない」との改正案の規定に関し,安全配慮義務の観点から,産業医が精神的健康状態に問題があると考えられる労働者に対して,医師の面接指導を受けるよう積極的に働きかけることについては可能か,という点については,むしろ産業医としては積極的に働きかける義務があると考えられる。
すなわち,労働者の生命・身体等の安全を確保する使用者の安全配慮義務は,労働契約の付随義務という契約関係を前提とするものの,労働の提供は労働者の身体・人格が不可分に結びついていることから,判例上,労働者からの申告がなくても,その健康に関わる配慮義務を負っており,そのため過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,労働者本人からの積極的な申告が期待し難いこともあるので,その申出がなくても必要に応じてその業務を軽減するなど,労働者の心身の健康への配慮に努める必要がある(平26・3・24最高裁二小判決,東芝事件)とされている。
このような判例の考え方から言えば,産業医は,医師面接が必要であると判断した労働者に対しては,積極的に面接指導を受けるよう働きかけるべきであり,むしろそのような労働者に対する安全配慮義務を負っているとも考えられる。