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なぜヒトにはビタミンKの合成能力がない? 【緑葉植物からの摂取や腸内細菌からの供給により,合成の必要性が低かったため】

No.4793 (2016年03月05日発行) P.65

岡野登志夫 (神戸薬科大学特別教授/名誉教授)

登録日: 2016-03-05

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

ビタミンK不足により,新生児に頭蓋内出血が起こりやすくなり死亡例が増えることはよく知られていますが,人類の進化の過程で,ビタミンKを得る仕組みや自然選択は働かなかったのでしょうか。現在のビタミンKに関する研究動向を教えて下さい。 (兵庫県 M)

【A】

ビタミンKは,2-メチル-1,4-ナフトキノン環の3位にイソプレニル側鎖を持つ化合物の総称名です。一般には,血液凝固に必要なビタミンとして知られています。天然には,植物の葉緑体に豊富に含まれる1種類のフィロキノン(K1)と,細菌が産生する14種類のメナキノン類(MK)が存在します。K1は植物の光合成過程でphotosystemⅠにおけるsecondary electron acceptorとして働きます。一方,MKは細菌の電子伝達鎖における低電位可逆性レドックスコンポーネントとしてATP産生や電解質輸送に関与します。
植物のK1合成経路はよくわかっていませんが,細菌のMK合成経路の解明は比較的進んでいます。すなわち,芳香族アミノ酸(フェニルアラニン,トリプトファン,チロシン)の生合成経路(シキミ酸経路)で生成するコリスミ酸が数段階の中間代謝を経てスクシニル安息香酸へ変換され,さらに環化反応から側鎖付加反応を経てMKが合成されます。哺乳類は,この合成経路に関与する酵素を欠失しているため,ビタミンKを合成できません。ところで,電子伝達鎖における電子伝達体として好気性グラム陰性細菌はユビキノン(コエンザイムQ)を,好気性グラム陽性細菌はMKを,大腸菌のような通性嫌気性細菌は両方を使っています。したがって,MKを合成する大腸菌は哺乳類にとって重要なビタミンK供給源となります。
以上のことから,一部のほかのビタミンと同様に生活環境の中で豊富に存在する緑葉植物からK1 を容易に摂取可能であり,また,腸内細菌である大腸菌からMKが常に供給されることから,進化の過程で哺乳類が自らビタミンK合成能力を獲得する必要性は低かったと思われます。しかし,母体から胎児へのビタミンK移行量は非常にわずかであり,さらに母乳中ビタミンK含量も低いことから,新生児はビタミンK不足に陥る危険があり,これが出生後直ちにビタミンKの補充投与が行われる主な理由になっています。
近年,ビタミンK研究は目覚ましい発展を遂げ,小腸上皮細胞におけるビタミンK特異的輸送担体(NPC1L1)の発見(文献1) ,ヒト型MK-4(K2 )合成酵素(UBIAD1)の発見,ビタミンKサイクルの鍵酵素であるγ-グルタミルカルボキシラーゼ(GGCX)およびビタミンKエポキシド還元酵素(VKORC1およびVKORC1L1)の高次構造・機能の解明など,ビタミンK代謝の全貌が解明されようとしています(文献2)。また,ビタミンKを補因子としてGGCXにより活性化される蛋白質(ビタミンK依存性蛋白質:VKDP)として血液凝固因子以外に骨形成(オステオカルシン:OC),血管石灰化抑制(マトリックスグラ蛋白質:MGP),血栓形成・炎症・細胞増殖促進(Gas6),歯根膜維持・骨成長(ペリオスチン),その他機能未知のVKDPが相次いで発見されています。さらに,MK-4を特異的リガンドとする核内受容体SXRを介した骨基質蛋白質,異物代謝酵素,抗腫瘍因子などの遺伝子発現調節,プロテインキナーゼ系(PKA)を介するテストステロン産生誘導などの新たなビタミンK作用も明らかになってきています(文献3)。現在は基礎研究の段階ですが,今後,臨床・創薬研究への応用が期待されています。

【文献】


1) Nakagawa K, et al:Nature. 2010;468(7320):117-21.
2) Hirota Y, et al:J Biol Chem. 2013;288(46):33071-80.
3) 岡野登志夫, 編:ビタミンKと疾患─基礎の理解と臨床への応用. 医薬ジャーナル社, 2014.

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