「カンガルーケア中の児の事故」裁判がマスコミを賑わせている。カンガルーケアという言葉の持つ安全性の幻想と,赤ちゃんの重篤な予後はショッキングなために母親らの注目を集めた。
元来カンガルーケアは,1978年に南米で保育器不足への苦肉の策として実施された,生後数カ月経った裸の安定した未熟児を,新生児集中治療室内で体力の回復した母親が素肌を合わせる抱っこのことである。多くの医療者・家族,モニタリングに見守られ,安全性は確保されている。したがって,カンガルーケア中の児のトラブルの報告はない。
現在,マスコミあるいは母親らが誤って呼称しているカンガルーケアは,分娩直後の裸の正期産新生児を分娩室で長くても2時間抱っこすることである。正しくは「早期母子接触」あるいは「skin to skin contact(STS)」と呼ぶべき母子ケアである(文献1)。この時期の母子は非常に不安定な状態である。母親は長時間に及ぶお産で疲労困憊し,赤ちゃんのトラブルを察知することが困難である。赤ちゃんは胎内の胎盤循環から初めて肺で呼吸し,循環動態が胎内とは激変するため,いつ呼吸・循環トラブルを起こしてもおかしくない。したがって,新生児の管理には十分な注意が必要である。
しかし,裁判となった実際に行われたケアは,カンガルーケアでも早期母子接触中でもなく,その後の母子同床(添い寝)中に発生し,これは分娩施設における児の管理体制に問題があることが多い。このことは一般国民だけではなく医療者・マスコミ・司法までもが誤解をしている。
1) [http://www.jspnm.com/Teigen/docs/sbsv 13_10.pdf#zoom=100]