【Q】
炎症性腸疾患の寛解維持において,チオプリン製剤は重要な薬剤のひとつですが,欧米人と比較して日本人はチオプリンに対する感受性が高く,白血球減少症や貧血をきたしやすいと報告されてきました。そのため,初期投与量も低用量からの慎重な開始が推奨されています。最近,日本人を含めたアジア人特有のチオプリン高感受性に関与するNUDT15遺伝子多型が報告されました。これまで報告された遺伝子多型との関連を含め,個別化治療への応用の可能性について,東北大学・角田洋一先生に解説をお願いします。
【質問者】
安藤 朗:滋賀医科大学医学系研究科内科学講座 消化器内科教授
【A】
チオプリン製剤(アザチオプリン,6MP)は潰瘍性大腸炎のステロイド減量・離脱効果はもちろん,Crohn病の寛解維持治療の数少ない選択肢のひとつであり,非常に重要な薬剤です。しかし,チオプリン製剤には白血球減少症や脱毛などの副作用があり,白血球減少症は稀に重症例で入院を要する場合がある,脱毛は患者QOLを著しく低下させるなど,医師側,患者側のいずれも投与(服用)に慎重になる薬剤でもあります。また,欧米人と比較すると,日本人におけるチオプリン関連白血球減少症の合併率は非常に高く,欧米よりも低用量での開始が推奨されているなど,投与に慎重を要するために導入をためらう症例も多いのが現状です。
チオプリン関連白血球減少症は基本的には用量依存性で,有効成分の6-TGN濃度が高すぎると血液毒性が認められます。6-TGN代謝に関わるTP
MTにおいて,欧米では遺伝的に低活性型アリルを持つ患者で,通常よりも高い6-TGN濃度に至り,血液毒性が引き起こされていると報告されています。TPMT以外にも,ITPase,MRP4などのチオプリン代謝に関わる遺伝子多型も白血球減少症との相関が報告されています。しかし,日本人は欧米人より不耐症例が多いにもかかわらず,TPM
T遺伝子の低活性型アリルの頻度は非常に稀で,ITPase,MRP4などの多型で予測できるのは日本人の白血球減少症のごく一部のみであり,日本人のチオプリン不耐性には欧米人と異なるメカニズムが関与していると予想されていました。
2014年に韓国人Crohn病患者を対象としたゲノムワイド相関解析で,NUDT15遺伝子R139C多型がチオプリン関連白血球減少症と強い相関を示すことが報告されました。わが国でも東北大学,滋賀医科大学で独立した2つの検討が行われ,日本人でも強い相関を示すことが確認されただけではなく,以下に示す事項がわかりました。
①リスクホモ症例(日本人の1%)は全例が重症(WBC<2000/μL)の白血球減少症,および完全脱毛(毛髪がすべて抜け落ち,かつらを要するような脱毛)を服用1カ月以内に発症し,治療中止されている,②ヘテロ症例(日本人の約2割)では完全脱毛はないが約半数の症例で白血球減少がある。ただし用量の減量で治療継続できる,③非リスク症例(日本人の約8割)では,完全脱毛はなく白血球減少症も1~2割程度で,重症化はきわめて稀,④この遺伝子多型は6-TGN濃度には影響しない。
以上から,日本人のチオプリン関連白血球減少症と脱毛症は,NUDT15遺伝子多型による単一遺伝子疾患で,これまで考えられていたチオプリンの代謝経路とは異なるメカニズムが関与していると言えます。
NUDT15遺伝子多型を投与前に調べることで,患者が嫌う副作用である「完全脱毛」はほぼ確実に回避可能(感度・特異度ともに100%)です。また,医師側が嫌う「白血球減少症」もリスク症例での投与回避や,投与量調整,経過観察,採血頻度の調整などがしやすくなると考えられることから,できるだけ早い臨床応用が期待されています。