【桑島】 JHS、KHSが発表された当時から、ARBが従来の降圧薬よりも明らかに心血管合併症予防効果において優れるという特異な結果について、私は信じていませんでした。臨床試験の方法論として、PROBE法であるにもかかわらず客観性に乏しいエンドポイントを設定していることに問題があると考え、日本医事新報や日本高血圧学会のシンポジウムで指摘しましたが、大きな動きは起きませんでした。悔しい思いでいたところ、血圧値の統計的異質性を指摘されたのが由井先生です。
由井先生が血圧値に疑問を持ったきっかけはどういうことだったのですか。
【由井】 JHSが行われていることは2005年4月の日経メディカルの記事で知りました。JHSは06年の欧州心臓病学会(世界心臓病学会)、国際高血圧学会で発表されましたが、私がJHSの結果に初めて接したのは07年3月の日本循環器学会会場の通路のモニターで聞いた時です。その時、Lancet in pressとなっていたので日本からも素晴らしい臨床試験が出たと思ったのですが、狭心症激減に関して私は臨床家としてどうも納得がいかないという感じがしました。同年4月の論文出版後、イベントと血圧値でメタ回帰分析を行うと試験最後の血圧値(達成収縮期血圧)の2群差がゼロになるのに違和感がありました。世界中の試験でゼロになる事例がなかったからです。また、2群の平均と標準偏差が一致し、正規分布が同一になるので試験の経時的変化に逆行していると思いましたし、数字的に一致する確率はゼロに近いとも思いましたが、一つぐらいならこういう試験も中にはあるのかと考えました。
KHSの発表を聞いたのは、2009年9月の欧州心臓病学会です。コメンテーターからの「実の母にはACE阻害薬、継母にはARB」とのコメントが面白かったのを覚えています。その後すぐに出たノバ社提供のKHSの結果を讃える記事広告で、多数の先生方が絶賛のコメントを寄せる中、九大名誉教授、故竹下彰先生が自分の臨床経験に合わないからKHSの結果はにわかには信じがたいと述べられていました。今にして思えば立派な識見でした。
帰国するとノバ社のMRからKHSが掲載された欧州心臓病学会誌(EHJ)を見せられ、すぐ最終血圧をチェックすると、平均と標準偏差が一致しているのでこれはおかしいと思いました。同年11月の米国心臓協会の会場で愛媛大の檜垣實男氏に出会い、彼はKHSのエンドポイント委員会委員長だったので、狭心症など臨床の成績がおかしいのではないかと伝えました。さらに血圧とイベントのメタ回帰分析のグラフを書き、世界の臨床試験の結果と合わないということや、正規分布の一致や発生確率がゼロに近いことの異常さを説明しました。
帰国の飛行機の中で偶然、当時千葉大で、VART主任研究者の小室一成氏(現東大)にも会いました。臨床試験(VART)が千葉大で進行中なので同じ説明をしました。
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