患者調査は,3年ごとの10月中旬に医療機関(病院と診療所)を対象に実施される標本調査である。全数調査ではなく抽出調査なので,推計値も千人単位という粗いものにならざるをえない。それでも,保険を使わない自由診療や労災等も含むすべての患者を把握できる点で,後述の医療給付実態調査や社会医療診療行為別調査等のレセプト調査より優れている。
公表されている最新年は2011年である。傷病分類は「国際疾病分類 第10版」(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems, 10th revision:ICD-10)に基づいて行われている。ICD-10は1995年から使用されており,2014年の患者調査もICD-10で実施されるので実に20年近くの傷病構造の変化を追跡できる。患者調査は1996年調査からICD-10が使われているので,1996年から2011年まで追跡できるはずだが,残念ながら年齢階級が1996年調査では10歳階級であったため,5歳階級で経年推移を追えるのは1999~2011年の5回分のみである。
患者調査は指定された調査日における断面調査なので,たまたま調査日に受診した人はカウントされるが,そうでない患者数は把握されない。そのため,たとえば糖尿病で受療中の患者が何人いるのかを知りたければ,調査日に把握された患者数から推計するしかない(図1)。
調査日に受診(あるいは入院)した患者数を「推計患者数」と呼び,実際にいる患者数は「総患者数」と呼んで区別している。患者調査では,外来の再来患者については前回の受診日も調査して平均診療間隔を出している。総患者数は次のような式で算出される。
いくつかの疾患の総患者数の推移を性・年齢階級別にみてみよう。
C型肝炎は昭和一桁(1926~34年生まれ)世代の男性にキャリアが多く,それがこの世代の寿命を縮めた(本誌4721号45〜51ページ参照)。性・年齢階級別の総患者数の推移をみると,男女ともに2002~5年がピークで,以降急減し2011年までの6年間でほぼ半減している。昭和一桁世代が80歳を超え,キャリアの生存者が少なくなっているためと考えられる(表1)。
ヒロポン,皆保険,そしてフィブリノゲン
C型肝炎を昭和一桁生まれの男性に蔓延させた原因は,1950年代中頃に全国の若者に広がった当時ヒロポンと呼ばれた覚醒剤乱用であった。これは間もなく制圧されたにもかかわらず,その後女性や他の世代にも拡大した原因は何だったのだろうか? そこで浮上するのが,1961年に達成された皆保険制度である。わが国では,皆保険を目標に1950年代後半より医療保険が急速に普及していった。医療保険の普及は医療機関の受診率を上げ,また受診時の注射の頻度も増加させた。当時はディスポーザブル注射器もなく,消毒が不十分な場合に頻回な注射を通じて感染が広がった可能性は無視できない。「ヒロポン→皆保険」は肝炎を国民に蔓延させた絶妙の連係プレイだったのである。1970年代に入ってディスポーザブル注射器が普及すると,いわゆる注射器肝炎は根絶された。しかしその後,外国からまったく別ルートによる感染が広まった。それは,血液製剤(フィブリノゲンなど)による薬害肝炎である。
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