機能性ディスペプシア(FD)とは,明らかな器質的疾患がないのに胃痛や胃もたれなどの症状を訴える疾患である
ストレスに反応して症状が出現することが多い
治療には良好な医師・患者関係の構築が重要である
ガイドラインでは一次治療薬として酸分泌抑制薬と胃運動機能改善薬,二次治療薬として抗うつ薬,抗不安薬,漢方薬が位置づけられている
H.pylori除菌治療も有効であり推奨される
胃が痛い,胃がもたれる,胃が重い,などの上腹部を中心とする症状は,英語ではディスペプシア(dyspepsia)と呼ばれている。このようなディスペプシア症状で医療機関を受診する患者のうち,内視鏡検査や腹部超音波検査などで器質的疾患が発見されるのは,全体の約半数以下と考えられている。すなわち,残りの半数の患者は明らかな器質的疾患が認められないにもかかわらず症状を訴えており,胃などの上腹部の機能異常がその原因となっているのではないかとの考えから提唱された疾患群が,いわゆる機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)である。つまり,FDとは明らかな器質的疾患がないのにディスペプシア症状を訴える疾患をいう。
これらFD患者は,これまで慢性胃炎と診断されることが多かったが,本来の慢性胃炎は胃粘膜の組織学的炎症を指すものであり,慢性胃炎があったとしてもディスペプシア症状があるとは限らない。慢性胃炎の有無とディスペプシア症状の有無とは別問題であり,本来切り離して考えるべきものである。すなわちFDは,ディスペプシア症状によって定義される症候群的な疾患概念である。
日常診療で上腹部愁訴を訴える患者はきわめて多く,しかもFD患者は生活の質(quality of life:QOL)が大きく低下していることが知られているので,臨床医は患者に対して,正しく科学的に対応することが求められている。このため,日本消化器病学会では消化器専門医のみならず,プライマリ・ケア診療にあたる医師にも広くFDの診療指針を示すために,ガイドラインを作成した1)。本稿では,ガイドラインに沿ってFDという疾患の診療方針を解説したい。
一般的にFDは「症状の原因となる器質的,全身性あるいは代謝性疾患がないにもかかわらず,胃・十二指腸に由来すると思われる症状が慢性的に存在するもの」と考えられる。しかし,この定義は病態解明を目的とした研究用として用いるにはあまりにも漠然としているため,これまでにいくつかの定義が提案されてきた。
有名なものとして1998年に米国消化器病学会のworking partyにより提唱された定義,Rome委員会が1999年に発表したRome Ⅱ基準,2006年に発表したRome Ⅲ基準2)などがあり,最近では,Rome Ⅲ基準が使用されることが多い。Rome Ⅲ基準では,因子解析の結果からディスペプシア症状を「食後のもたれ感,早期飽満感,心窩部痛,心窩部灼熱感」の4症状に絞っている。慢性的な症状出現に関しては,その持続期間を「6カ月以上前から症状があり,最近3カ月間は継続して症状を有していること」とした。このうち,食後のもたれ感,早期飽満感を有するものを食後愁訴症候群(postprandial distress syndrome:PDS)と呼び,心窩部痛,心窩部灼熱感を有するものを心窩部痛症候群(epigastric pain syndrome:EPS)と呼んでいる。
ただ,Rome Ⅲ基準では少なくとも3カ月以上症状が継続することが必須となっているが,わが国では国民皆保険制度,または医療機関へのアクセスがきわめて良好なためか,3カ月以上経過してから医療機関を受診する患者はむしろ少数である。加えて,日常診療においても様々な上腹部症状を主訴として患者が来院するため,Rome Ⅲ基準の4症状に限ると診療が制限される可能性があるなどの理由で,必ずしもわが国の実情に即していない側面があった。
そこで,2014年4月に刊行された日本消化器病学会の「機能性消化管疾患診療ガイドライン2014─機能性ディスペプシア(FD)」(以下,ガイドライン)では,FDを「症状の原因となる器質的,全身性,代謝性疾患がないにもかかわらず,慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの心窩部を中心とする腹部症状を呈する疾患」と広く定義し,“慢性的”という概念やディスペプシア症状をどのようにとらえるかは各臨床医の判断にゆだねるとされている(表1)。
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