【折笠】対照薬をどのように選んで試験するかについてですが,日本ではそれまで,新薬承認申請に際して既に薬があれば,次の薬は最初の薬と実薬対照試験を行っていました。そして,同等であればよいということで承認していたのです。しかし,いい加減な試験をすれば同等性が証明されてしまうため疑問視されていました。そこで,実薬同士のガチンコ勝負の試験をどのように実行するべきか,日本の主張を取り入れたICH-E10ガイドライン「臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題」ができました。そのとき,米国はアクティブ同士の試験をやっていなかったため,あまり関係ないように振る舞っていたようでした。米国の試験は,今までの標準薬をベースとして,それに上乗せで新薬を加えるかプラセボを加えるかというプラセボ対照試験なのです。
今までの標準治療があって,それに加えて優越性を示すような数字はそう出せるものでない。だから同等か,少し良ければ認めてはどうかということで,ICH-E10が出たという経過があります。
もう1つ,非劣性試験が必要な背景があります。FDAは糖尿病治療薬に関して血糖コントロールだけで認可していましたが,ロシグリタゾンのように心血管イベントの問題が取り上げられることが増えてきて,2007年にガイドラインが出ました。市販後に心血管イベントまでみなければいけないというものです。それらの試験は,前述のように標準薬をベースにして,新薬を上乗せしてプラセボと比較する試験です。現実的に優越性を立証することは難しいので,非劣性試験を行うようになりました(表1)。
【谷】恐らくプラセボを対照としても優越性を出せるほど差がつかないのだと思います。差がつかないので,非劣性ならば同等と認めようということではないでしょうか。
【名郷】プラセボではなくて,たとえばメトホルミンを増量するなど,別の形の治療に対して非劣性ということなら臨床的にも理解はできますけど。
【谷】実際はそうなってます。このSAVOR-TIMI 53では対照群,すなわちプラセボ群は,インクレチン作動薬以外の糖尿病薬の併用が増えていますよね。だから,HbA1cの差があまりついていません。インクレチン作動薬以外の薬剤との比較になっているのです。
【桑島】試験開始直後はプラセボだけであっても,血糖値を下げるために途中で対照群に実薬が処方されているということですよね。いずれの試験もIntention-To-Treat解析ですから,当然そのようなことも念頭に置く必要があります。
【谷】その通りです。実質的には実薬対照となっているので,非劣性試験でも問題ないと思います。
【折笠】非劣性といっても,感覚的にはほぼ同じような薬が出てくるという感じですよね。メリットは同類薬の市場競争性くらいだと思います。非劣性試験は,臨床家にとっても患者にとってもあまりメリットはありません。メリットがあるのは企業だけではないでしょうか。
【桑島】谷先生は,先にプラセボや従来薬に対する優越性を証明すべきであるという意見が非倫理的であるというご意見ですね。
【谷】はい。優越性試験をやると症例数が増えるし,時間もかかりますから。
心血管イベントが増えないということを時間をかけずに証明するには,非劣性試験をするしかないという考えです。
【名郷】非劣性試験をするしかないと仰いますが,もしこれで非劣性が証明されたとしてもDPP-4阻害薬を使うという選択肢にはならないのではないですか。新薬を非劣性試験で同等と言ったところで,安価で慣れた治療を行ったほうがいいわけですから。非劣性試験が臨床家にとってどういう意味があるかということですよ。
【谷】確かに,薬価が高くなるということはありますが,たとえば低血糖の頻度が低い,高齢者が使いやすいなどの利点があるなら,それも含めて判断する必要があると思います。
【桑島】DPP-4阻害薬は,従来薬に比して血糖降下作用の確実性は高いですね。
【名郷】血糖を下げるだけでは臨床的には無意味で,あくまでも合併症予防が治療の目的です。
たとえばUKPDSでは,SU薬やインスリン療法でHbA1cが8から7に下がったと出ていますよね。しかし,SU薬やインスリン療法では心血管イベントが10%しか減っていません。それに対してメトホルミンでは,HbA1cが8から7.4までしか減っていないのですが,心血管イベントが40%減っている。血糖を下げることとイベント抑制効果が大きく乖離しているので,糖尿病薬はイベント抑制薬として考える以外に使い道はないのではないでしょうか。
【谷】それは極端だと思います。UKPDSでみているのは心血管イベントだけではありません。
【名郷】UKPDSは全糖尿病合併症をみています。実際には,網膜症や腎症のほうが減っています。
【谷】そうでしょう。だから,この点から血糖を下げることは意味があります。
【名郷】血糖が下がるということだけでは無意味と申し上げています。網膜症,腎症は真のアウトカムですから,それが減ることには意味があります。「ただ血糖を下げるだけ」では無意味ということです。
【桑島】ただ,ガイドラインでも糖尿病治療のマーカーとしてHbA1cの目標値を定めています。名郷先生の仰る通りなら,それが無意味になってしまいます。
【名郷】たとえば血圧治療とは異なり,血糖を下げても下げた分イベントは減らないということがきちんと強調されることが非常に重要です。GLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬のトライアルにしても,実は網膜症や足の切断,骨折の増加など,別の臨床上重要なアウトカムで有害事象が出ているわけですから,そのような状況で非劣性だからいいということは,どうしても認めることができないと思います。
【桑島】EMPA-REG OUTCOME試験ですが,これは非劣性試験の中でたまたま心不全などに優位性が出てきたので,それが強調されすぎている感はあります。心不全の予防が,血糖値を下げたことによるのかSGLT2阻害薬の利尿作用の結果なのかは不明です。そういう意味では,HbA1c低下と合併症抑制がパラレルではないかもしれません。
【谷】そうではなくて,非劣性試験をやった上で優越性試験をやるということが,最初から試験デザインに組んであるのです。全体で有意水準αが抑えられる閉検定手順として。
【桑島】詳しく教えて下さい。
【谷】一般に,非劣性と優越性の2つの検定を行うと多重検定になり,間違って有意と出てしまう確率αが2倍になります。ところが,非劣性試験を先に行えば,「非劣性が間違って証明された」となる確率α1と「優越性が間違って証明された」となる確率α2が包含関係になっていますから,2回検定してもα(有意水準)は増えず,多重検定にはならないのです。だから,非劣性が証明された後で優越性試験をしてもエビデンス(検証された)となります。しかし逆はできません。