高齢期の肥満は身体機能障害や転倒のリスクとなり,特にサルコペニア肥満ではIADL低下,転倒,歩行障害,死亡をきたしやすい
中年期の肥満は認知症発症のリスクであるが,高齢者の肥満では認知症発症のリスクが減少する
高齢者のメタボリックシンドロームは,炎症が重なると認知機能低下や認知症発症と関連するが,後期高齢者では関連がみられない
前期高齢者における食事療法と運動療法の併用による肥満の治療は,ADLの改善や認知機能の改善をもたらす
高齢者は低栄養が多いとされるが,肥満,メタボリックシンドローム(MetS)などの過栄養とも言える状態もありうる。加齢とともに,体組成の変化が起こり,腹囲やMetSが増加することが知られている(図1)。
一般的に高齢者の肥満は,前期高齢者までは心血管疾患発症のリスクになるが,後期高齢者ではその意義は明らかではない1)。しかしながら,高齢者の肥満やMetSは身体機能や認知機能に何らかの影響を及ぼしていることが明らかになってきている。本稿では,肥満やMetSが身体機能や認知機能に及ぼす影響やその治療の効果について概説する。
高齢期の肥満は身体機能低下のリスクとなる。特にBMI 35を超える肥満は,歩行速度,階段上がり,椅子からの起立などの身体機能を悪化させ,移動能力障害のリスクとなる2)。
高齢者の肥満は転倒と関連する重要な因子の1つであり,BMI 30以上で転倒のリスクが高くなる3)。また,転倒後のADL障害のリスクとも関連する3)。糖尿病患者でも肥満があると複数回の転倒や外傷を伴う転倒を起こしやすくなり,BMI 25以上で転倒しやすくなる4)。
高齢者の中心性肥満,すなわちウエスト周囲径の高値も移動能力,ADL,歩行障害のリスクとなる2)5)。住民の追跡調査では,BMIとウエスト周囲径の両者を組み合わせたほうが移動能力障害をより正確に予測した6)。75歳以上でもウエスト周囲径高値の人は,階段上がりなどの障害と関連した7)。
高齢者のMetSと身体機能低下との関連については報告が一致しない8)9)。70~79歳の2920人の4.5年の追跡調査ではMetSの場合,0.25マイルの歩行または10段の階段昇降の障害リスクは1.46倍であった8)。一方,69~74歳の3141人の追跡調査ではMetSはフレイルの発症と有意な関連がみられず,HOMA-IRやCRPがフレイルの発症と関連した9)。
サルコペニア(筋肉量減少)と肥満が重なったサルコペニア肥満(sarcopenic obesity:SO)ではIADL(instrumental ADL)低下,転倒,歩行障害,死亡をきたしやすい10)~12)。さらにSOの患者は,対照群と比べて要介護状態を男性で8.7倍,女性で12.0倍,歩行障害を男性で4.4倍,女性で5.5倍起こしやすく,肥満やサルコペニア単独よりもリスクが高い11)。SOの患者は転倒を男性で3.3倍,女性で2.1倍起こしやすい11)。SOは筋肉内の脂肪蓄積によるインスリン抵抗性,IL-6などの炎症性サイトカイン産生,ビタミンDの低下などが筋肉量や筋力の減少をもたらし,単なる肥満よりも身体機能低下をもたらすものと考えられる(図2)。
また,60~79歳の男性4252人の11.3年の追跡調査では,単なる肥満群や単なるサルコペニア群と比べてSO群では死亡のリスクが高くなる(図3)12)。
また,筋力低下と腹部肥満が重なったdynapenic obesity(DO)でもADL低下をきたしやすい。262人の5.5年の追跡調査では筋力低下と腹部肥満が重なったDO群のADL低下のリスクは3.39倍で,筋力低下のみの群のリスク(1.69倍)や腹部肥満のみの群のリスク(1.69倍)と比べて高くなった13)。
残り6,039文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する