わが国において,上部消化管の悪性腫瘍罹患者の多数は高齢者であり,その早期発見のために上部消化管内視鏡検査の果たす役割は大きい
検査満足度および再検査希望率を高めるためには適切な鎮静薬使用が望ましいが,高齢者においては検査中のモニタリングが重要となる
H. pylori除菌後長期間経過していても胃癌発症の可能性があるため,特に高齢者では定期的な経過観察およびスクリーニング検査が重要となる
内視鏡検査における抗血栓薬の取り扱いは,この数年で大きく変化しつつある
高齢者の早期胃癌および表在食道癌に対する内視鏡治療は,非高齢者と同様に施行できるが,偶発症をきたさないよう,より慎重な手技と切除後潰瘍への対応が必要となる
高齢者の定義は正確に定められておらず,国,組織,あるいは法律などにより様々に分類される。国連においては60歳以上を高齢者としており,WHOでは65歳以上を高齢者と定めている。わが国では,「高齢者の医療の確保に関する法律」で,65~74歳を「前期高齢者」,75歳以上を「後期高齢者」と規定している。
一方,わが国では2007年に全人口に対する高齢者の割合が21%を突破し,超高齢社会へと突入した。必然的に様々な疾患のうち高齢者が占める割合も増加している。本稿に関連するところでは,2011年の統計において,胃癌罹患数および食道癌罹患数のうち65歳以上の占める割合はいずれも70%を超えている。
上部消化管内視鏡検査を行う意義において,悪性腫瘍の発見が大きなウエイトを占めることに鑑みれば,本稿のテーマである「高齢者に対する上部消化管内視鏡検査」は決して特殊なものではなく,むしろ現在の内視鏡検査では多数派を形成していると言うことができる。しかし,高齢であればあるほど,心血管疾患をはじめとした合併症は増加し,抗血栓薬などの常用薬も増えるため,検査において留意すべき事柄も多くなってくる。本稿においては上部消化管内視鏡検査に関して,特に高齢者に施行する際の留意点を中心に概説する。
近年,わが国のみならず世界的にも,鎮静薬を併用することで苦痛を軽減した内視鏡検査を施行する傾向が広まっている1)~3)。内視鏡検査における鎮静薬の有用性については,検査中の嘔気が軽減し許容範囲内となることや,内視鏡検査への満足度および再検査希望率が高いことが示されている4)。わが国では鎮静の深さに関して独自に制定された定義はなく,多くの場合,表1に示す米国麻酔科学会の定める鎮静・麻酔レベルとその定義が使用されている。このうち,主に内視鏡検査および治療に使用される鎮静レベルは,中等度鎮静(意識下鎮静)である。上部消化管内視鏡検査の際に,高齢であることだけを理由として鎮静薬使用を躊躇する必要はないが,薬剤使用量の調節や検査中および検査後の慎重な監視が必要となる。
鎮静薬使用における偶発症のうち,致命的となる可能性のあるものとして呼吸抑制,循環抑制,徐脈などが挙げられる。これらは非高齢者であっても低酸素血症や低血圧などを誘発しうるが,慢性心疾患や慢性呼吸器疾患を抱える可能性が高い高齢者に関してはさらにリスクが高まると言える。こうした偶発症は頻度が低く,多くの場合は未然に防ぐことが可能であるが,そのためには適切な呼吸循環器系のモニタリングをはじめとした対策が必要となる。具体的には視診による呼吸および鎮静深度の確認,パルスオキシメーターによるSpO2の確認,定期的な血圧測定による循環動態の確認,およびそれらを可能とするだけの十分な人員配置などが挙げられる。
一方で,高齢者では咽頭感受性が低下している場合があることに加え,近年では細径スコープや経鼻内視鏡が登場した結果,無鎮静での検査であってもその苦痛が忍容される場面もみられている。上部消化管内視鏡検査の場合,通常の検査時間は5~10分程度であることから,特に高齢者においては,鎮静薬を使用することの利益および不利益を説明した上で,使用の可否につき決定すべきと考えられる。
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