(千葉県 K)
HDLコレステロール値からは抗動脈硬化作用は判断できませんので,HDLコレステロール値にかかわらず,LDLコレステロールが高値の人はスタチンで治療すべきです。
LDLコレステロールが高値で,善玉と言われるHDLコレステロールも高い患者に臨床の現場で遭遇することは少なくないと思います。いくら高LDLコレステロール血症が動脈硬化の危険因子だとしても,それ以上にHDLが抗動脈硬化の作用を発揮すればスタチンなどでの治療は必要ないのではないか,とのお考えだと思います。
低HDLコレステロール(わが国では男女とも40 mg/dL未満)は疫学調査より冠動脈疾患の独立した危険因子であるとわかっていますが,HDLコレステロールが高値だと動脈硬化をきたしにくいということは疫学的に証明できません。高HDLコレステロール血症の明確な定義はありませんが,一般的に100mg/dL以上を示す場合が多いようです。特に日本人はコレステリルエステル転送蛋白(cholesteryl ester transfer protein:CETP)の遺伝子変異によるCETPの活性低下のためにHDLコレステロールが高値になる場合が多く,変異のヘテロ接合体だとHDLコレステロールが100mg/dL未満の人も多く存在しますので,CETPの遺伝子変異の存在も家族歴やHDLコレステロール値から推測できないことも多々あります。
興味深いことに,CETPの遺伝子変異による高HDLコレステロール血症をきたしている人の中には動脈硬化を認める人もいます1)。当施設では,人間ドックでHDLコレステロールが110mg/dL以上の人には二次検査として頸動脈超音波検査を行っていますが,LDLコレステロールを含め主要な動脈硬化の危険因子がまったく認められず,きわめて健康的な生活習慣を維持している人でも,早い場合は40歳代で頸動脈の内中膜肥厚を認めることがあります。まさしく「悪玉HDL」の存在を疑いたくなる症例です。さらに,近年,HDLを増やす目的で開発されたCETP活性阻害薬evacetrapibは第Ⅲ相試験で開発中止となりました。HDLの量が増えても心血管イベント抑制に効果がなかったためです。
最近,心血管イベントにはHDLの量が問題なのではなく,末梢組織からのコレステロール引き抜き能が関係していることが示されました2)。つまり,「HDLの量が多くてもコレステロールを引き抜く能力がないと動脈硬化は防げませんよ」ということです。
では,HDLのコレステロールの引き抜き能は測定することができるのでしょうか。残念ながらこれを測定することができるのはごく限られた研究室のみで,日常診療においてはHDLのコレステロール引き抜き能を判断する方法がありません。
以上のように,HDLが本当に善玉かそうでないかは,HDLコレステロール値からは判断できません。一方でLDLコレステロール高値は独立した動脈硬化の危険因子なので,これらは別々に考える必要があります。HDLコレステロールが100mg/dL以上あっても,LDLコレステロールが治療域であればスタチンなどでしっかりと下げるべきです。高HDLコレステロールに対しては,もし仮に下げる必要があったとしてもこれを下げる手段がありませんので,他の冠動脈疾患の危険因子の改善,治療,予防に努めるしかありません。
【文献】
1) Hirano K, et al:Arterioscler Thromb Vasc Biol. 1997;17(6):1053-9.
2) Rohatgi A, et al: N Engl J Med. 2014;371(25): 2383-93.
【回答者】
護山健悟 東海大学医学部基盤診療学系健康管理学准教授