抗利尿ホルモン(バゾプレシン)の分泌が,本来抑制されるべき低浸透圧血症下において不適切に持続する結果,尿稀釈力障害に起因する水貯留と低ナトリウム(Na)血症をきたす病態である。中枢神経疾患,肺疾患,バゾプレシン産生腫瘍,薬剤など,多彩な原因により生じる。
急性発症例と慢性発症例で症状の出現速度や程度が異なる。急性発症例では,何らかの原因による水利尿障害の存在下において,短時間に多量の水分が付加された際に急激に低Na血症が生じ,細胞内外の浸透圧格差に起因する細胞浮腫・障害(特に脳浮腫による意識障害など)をきたしやすい。慢性発症例は血清Na値や血漿浸透圧の低下が緩徐に生じるため,Na濃度が低い割に症状は軽微(倦怠感,食欲低下など)のことが多い。しかし,慢性の低Na血症が長期間持続すると,骨粗鬆症,心血管障害,認知障害などの発症頻度が増加することが近年明らかになりつつある。Na欠乏による低Na血症と異なり,ADH不適切分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone:SIADH)では臨床的に脱水徴候を認めない。
腎・副腎機能が正常,かつ脱水を示唆する検査所見を認めない状態で,低Na血症(<135mEq/L),低浸透圧血症(pOsm<280mOsm/kg),高張尿(>300mOsm/kg),Na利尿(>20mEq/L)を呈し,その状態で血漿バゾプレシン濃度が測定可能(測定感度以上)であれば,不適切分泌が存在すると判定される。
なお,現在の血漿バゾプレシン測定系の感度は0.4~0.8pg/mL程度である。このため,バゾプレシン測定値が測定感度以下であってもSIADHを否定する根拠にはならない。また,バゾプレシン非依存性に水利尿障害が生じる病態も少なからず存在する(加齢,薬物など)。このため,バゾプレシン依存性,非依存性のいかんにかかわらず,尿稀釈力障害による低Na血症を,SIAD(syndrome of inappropriate antidiuresis)という名称を用いて包括して扱うこともある。
残り1,311文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する