周産期心筋症は心筋疾患既往のない妊産婦が,重度の心機能低下に伴い心不全を発症する,いまだ原因不明の心筋症である。母体死亡原因の上位疾患であり,早期に診断することが重要である。
息切れや浮腫などの心不全症状は,健常妊産婦も訴える症状と似ており,疾患認知度や頻度の低さと併せ,診断遅延や重症化の要因となっている。わが国における診断基準は,①妊娠中から分娩後6カ月以内に新たに心収縮機能低下・心不全を発症,②ほかに心収縮機能低下・心不全の原因となる疾患がない,③発症まで心筋疾患の既往がない,④左室収縮機能の低下(LVEF ≦45%),の4項目である1)。心筋炎や肺塞栓症など心機能低下をきたす他疾患との鑑別が必須であり,また,除外診断病名ゆえに,現時点では多彩な疾患背景を含む疾患群である。
心不全に対する対症療法が中心となる。3割が妊娠中に診断され,その際は,母体優先が大原則であるが,胎児への配慮や分娩時期の決定が必要となる。母体の循環動態が不安定な場合は,帝王切開による分娩が推奨される。児の腎障害や羊水過少に伴う肺疾患のリスクがあり,アンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(angiotensin Ⅱ receptor blocker:ARB)の妊娠中内服は禁忌である。胎盤を通過するワルファリンの妊娠中内服は,胎児の出血性合併症のリスクを伴うが,母乳授乳は安全に行える。新生児の甲状腺異常をきたすため,母乳授乳中のアミオダロン内服は推奨されない。
近年,乳汁分泌ホルモンであるプロラクチンが,周産期心筋症の発症に関与しているとの説がある。欧州では,診断時LVEF ≦30%の重症例に抗プロラクチン療法を推奨する動きが出ている2)。抗プロラクチン薬は血管攣縮作用を持ち,産婦の内服で心筋梗塞や心室性不整脈の副作用報告があり,わが国でも妊娠高血圧症候群患者での使用は禁忌である。
患者の約7割が1年以内に心機能が正常範囲に回復する一方,約3割が重症化ないしは慢性化する。心機能が回復した症例での薬物治療について,共通の見解はまだないが,内服中止により再度心機能が低下する症例もあるため,注意深い経過観察のもとに漸減中止を試みてもよいこと,中止後もしばらくは外来経過観察を続けることが提起されている3)。
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