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特集:インスリン発見100周年を迎えて─インスリン治療の変遷

No.5069 (2021年06月19日発行) P.18

河盛隆造 (順天堂大学名誉教授,順天堂大学大学院医学研究科・文部科学省事業スポートロジーセンターセンター長,トロント大学医学部生理学教授)

登録日: 2021-06-18

最終更新日: 2021-06-17

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河盛隆造
1968年大阪大学医学部卒業。 ‘71~’74年トロント大学 Banting & Best研究所所員。‘74年より大阪大学第一内科医員,助手,講師を経て,’94~2008年順天堂大学医学部内科学・代謝内分泌学教授。

執筆にあたって─“糖のながれ”とそれを制御する インスリン分泌動態を理解して,インスリンを活用しよう

トロント大学は「インスリン発見100周年シンポジウム」を2021年4月15日からWEBで開催した。トロント大学は,6年前に準備委員会を発足し,「2021年に糖尿病はどうなっているか?」という討論を始めた。筆者は,「1型糖尿病は再生医療を駆使して,治癒させるべき」と強調した。委員会の他のメンバーは,同意しつつも「インスリン製剤の進歩で,1型糖尿病患者の予後も良好になっているよ。焦らないでいいよ」と言った。しかし,筆者は「100年経っても,未だにインスリン療法は非生理的だ!だって皮下投与では,健常人の“糖のながれ”を再現できないのだから」と主張した。

膵再生が実現する日まで,1型糖尿病のインスリン療法は,全身投与しつつも肝へのインスリン供給をいかにして速やかに増やし,肝・ブドウ糖取り込み率を高めるかという方法を追及し実践していくべきであろう。現在においては,刻々変動する血糖値を“血液で正しく測定”し,対象患者の各時点でのインスリン需要量を的確に推定することができる。さらに近年次々に開発された投与インスリン製剤の吸収特性を活かし,かつその投与量を頻回に,緻密に是正し,低血糖を起こすことなく,健常人に近似した血糖応答を維持していくことが,現実に不可能ではなくなっている。

一方,2型糖尿病は2021年にはどうなっているか? 筆者は「2型糖尿病は発症すれば直ちに治療し,発症前の状況に戻ることが当たり前になっているべきだ」と答えた。他の委員たちは,「You are too optimistic!」と笑った。筆者は,「日本という国だけが,全国民に毎年健診を完璧に行っている。HbA1cが高くなった患者に,『昨年は糖尿病でなかったのに,この1年にどのような生活の変化があったのですか?』と聞き,食事・運動療法,必要であれば薬物療法を用いてでも,発症前に戻している。世界中がこれを真似てほしい」と応じた。このような恵まれた日本に居住しておりながら,糖尿病になっていることを知っているにもかかわらず,症状がないためか,健診結果を無視し受診しようとしない,“糖尿病放置病”の患者が一向に減らない。このような患者は,血管障害が発症したことを契機にやっと受診することが多く,医師はその治療に時間と労力を割かざるをえなくなっている。国民に対して,「科学的根拠に基づいた正しい医療情報」を発信し続けることが,医療者の責務ではなかろうか。

“食後高血糖”は,摂取した炭水化物から緩徐に分解・吸収され門脈から肝に流入したブドウ糖が,肝で十分量取り込まれないで全身へと流れ出たが,全身臓器もそれを十分に取り込めないため,血中にだぶついている状況を表している。“空腹時高血糖”は,夜半にインスリン作用の低下のため,全身臓器でのブドウ糖取り込み率の低下,さらにグルカゴン作用優位による肝からのブドウ糖放出率が高まったことの結果である。

2型糖尿病では,なぜ罹病期間が長くなるにつれて内因性インスリン分泌が低下し続けるのであろうか。宿命なのであろうか。実は,軽度であれ,高血糖の持続が膵β細胞のインスリン分泌能を減少させる機序が,次々と分子・細胞レベルで解明されてきている。加えて,基礎・臨床研究が進展し,ランゲルハンス島からのインスリンとグルカゴン分泌,その相互協調作用とその破綻の機序すらはっきりとしてきた。

2型糖尿病患者に対しても,未だにインスリンは“magic drug! miracle drug!”であることは間違いない。紹介されて受診してきた高血糖患者に対して,「躊躇なく外来診療で緻密なインスリン療法を開始し,速やかに正常血糖応答を維持し,内因性インスリン分泌を回復させ,インスリン療法から離脱させること」をめざすのが専門医の間では一般的になってきた。しかしわが国で,インスリン療法を受けている2型糖尿病患者数は130万人を超えているが,その中で,HbA1cが7%未満になっている患者は20%未満にすぎない。インスリンは“最後の手段”だ,ととらえられているためであろうか,インスリン導入の機を逸し,もはや内因性インスリン分泌を回復することができないため,インスリンが“敗戦処理手段”になっているのであろう。

多彩な2型糖尿病の薬物療法のひとつとして,インスリン注射療法も積極的に活用したいものだ。

はじめに

今回いい機会をいただいたので,「インスリンの基本」について,普段大学病院で学生ポリクリや,糖尿病内分泌内科に1~3カ月ラウンドしてくる研修医と対話している内容をまとめてみた。

インスリンは発見されて100年。死に至る疾病であった1型糖尿病をコントロール可能な疾病に変え続けているmagic, miracle drugと言える。一方,ありふれた疾病,2型糖尿病に対しても,必要であればインスリン療法を外来診療で施し,速やかに血糖応答を良好にすることが,糖尿病治療に熱心な医師にとっては日常茶飯事になっている。しかし,インスリンは“最後の手段”と考えている医師も少なくない。

たとえば,最前線の医師から「もうそろそろインスリンが必要と思うので,以降よろしく」と紹介されてくる羅病期間の長い2型糖尿病患者が少なくないが,このような例に対して的確にインスリン療法を施しても,なかなか内因性インスリン分泌が回復しない場合も多い。わが国でインスリン療法を中止できない2型糖尿病患者が100万人を下らない。このような患者では,「インスリンが“敗戦処理投手”になっている」ととらえざるをえない。

この現象は,決して2型糖尿病の宿命ではないはずだ。高血糖の持続こそが,内因性インスリン分泌能を低下させることを,分子,細胞,動物レベルで筆者らも次々と証明している。すなわち,2型糖尿病患者の長い余生を考慮し,発症直後から,診断直後から,正常血糖応答への復帰をめざし,内因性インスリン分泌を保持し続けるような治療を緻密に継続すべきである。食後高血糖持続のため内因性インスリン分泌が低下しはじめた際には,インスリン注射すら実行し高血糖を除去する治療を実践すべきであり,今日の日常診療でありふれた方法になってきた,と実感している。

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