わが国では,術前患者の体液管理は輸液療法(点滴)が主体で,長い絶飲食期間がとられていた。2005年の調査では,成人では術前の絶飲水期間は平均6~9時間,絶食期間はさらに長く平均12~13時間と報告された。
患者は,絶飲食の指示に従い,口渇・空腹感を我慢し,その結果,術前の不安・焦燥感も増強した。医療者は,脱水症の予防を目的に輸液療法を行い,医師・看護業務の負担,インシデントの機会も増加した。すべては,麻酔・手術の安全な実施のために当然のことと教えられた結果である。
今から24年前,筆者が麻酔科医になりたての頃,患者はストレッチャーに乗せられ点滴を受けながら手術室に入室していた。その後,点滴をしながら患者が歩行して入室してくる歩行入室が主流になった。しかし,点滴はしていても入室してくる患者の多くが,「お腹がすいた,のどがカラカラ」と訴えていた。すべて,先輩から教わった通りの当たり前のことと感じていた。わが国には,術前絶飲食のガイドラインも存在しなかった。2007年,筆者は,ひとつのresearch question(RQ)に対し,臨床研究を計画した。「術前の点滴を止め,その代わりに経口補水療法を実施すれば術前の体液管理が安全にできるのではないか」というRQである。そしてRQを立証して,わが国にもガイドラインをつくろうと目論んだ。
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