一次産業(産業のうち,農業・林業・水産業など直接自然に働きかけるもの)に従事する患者は,不規則な生活を強いられる場合が多い
普代村は岩手県の沿岸北部に位置し,産業は一次産業である漁業・水産養殖業が中心で,住民の3割以上が従事している
漁業従事者の糖尿病治療における最大の問題点は不規則な生活リズムであり,また漁の内容や漁獲高に伴って,シーズンごとに生活リズムや労作時間・強度が変化することである
特に,インスリン治療においては規則的な食事時間や食事の間隔が重要であるが,それが日々一定しないことは治療における障壁となる。また,力仕事が多いため低血糖のリスクが高く,船上での孤独な作業時に低血糖が起きた場合の対処が難しい
漁業従事者のインスリン療法は,これまで基礎インスリンと経口血糖降下薬の併用療法であるBOTが中心であったが,最新のインスリン製剤である超速効型と持効型インスリンの配合製剤や,より簡便な週1回のGLP-1受容体作動薬が登場したことにより,BOTのみでは血糖コントロールが不十分な患者への次の一手(治療強化)としての可能性に期待が高まる
健康格差(health disparities)とは,一般的に人種や民族,社会経済的地位による健康と医療の質の格差を言うが,職業間での健康格差も認められる。特に,漁業・農業従事者などの勤労者は心血管疾患(cardiovascular disease:CVD)の有病率がほかの職業に比べ2~4倍であり,さらに糖尿病や肝疾患の有病率も高いとの報告がある1)。その理由として,労作強度や労作時間による食習慣・生活リズムの乱れ,勤務先の健康管理体制も影響していることが予想される。企業規模別の年齢調整糖尿病罹病率を見ると,会社規模が大きくなるに従い従業員の糖尿病有病率が有意差を持って減少していることから,産業医などの医療・保健スタッフの有無による影響が考えられる2)。一次産業に従事する事業所は小規模なことが多く,医療・保健スタッフのいない事業所では健診後のフォローアップや,糖尿病患者への理解・配慮が行き届かないケースがある。また,主治医との連携による労働環境の把握が困難で治療に反映されがたい。
糖尿病の慢性合併症は,良好な血糖コントロールを維持できれば予防可能であり,糖尿病治療の目標である「健康な人と変わらない日常生活の質(QOL)の維持,健康な人と変わらない寿命の確保」3)のために,より積極的な治療が必要である。
勤労糖尿病患者が継続して真摯に治療に取り組むためには,仕事との両立が円滑に行われることが必要であるが,漁業従事者においては困難なことが多い。特にインスリン自己注射が必要な患者では,インスリン自己注射が行いがたい勤労環境における安全性に関わる低血糖の問題は,QOLの低下とともに仕事への影響も懸念され,治療コンプライアンスの低下や治療中断につながるケースがある。
このような漁業従事者が,仕事と治療を両立しながら良好な血糖コントロールを維持していくためには,シーズンごとに変化する仕事内容と生活リズムを把握し,低血糖などのリスクを最小限にするとともに,勤労への影響を配慮したシンプルな治療を選択することが求められる。
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