生体が必要とする甲状腺ホルモンの産生が低下した状態である。甲状腺ホルモンの産生は下垂体前葉から分泌される甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH)によって調節されている。TSHの分泌は血液中FT4と視床下部から分泌される甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(thyrotropin-releasing hormone:TRH)によって調節されている。甲状腺機能低下症の病因としては,甲状腺に原因がある原発性と,視床下部,下垂体に原因がある中枢性があるが,ほとんどは原発性である。原発性の原因として最も多いのは橋本病(慢性甲状腺炎)であるが,バセドウ病では131I内用療法の目標を甲状腺機能低下症にする施設が多くなってきており,また手術も全摘術による甲状腺機能低下症が増えてきていることも挙げられる。
甲状腺腫瘍の手術など,甲状腺疾患の既往歴の聴取が重要である。原発性には,TSH高値でFT4基準範囲内の潜在性甲状腺機能低下症と,TSH高値でFT4基準値以下の甲状腺機能低下症の2種類がある。中枢性甲状腺機能低下症は,ホルモン活性を有する活性型TSHの分泌低下によりFT3,FT4が基準値以下になる。ここで注意が必要なのは,現在使用されているTSHの検査試薬では,ホルモン活性を有さない非活性型のTSHも測定するために,TSHは10μU/mLくらいまでは上昇することである。
健常人のTSHの分布は中央値より平均値が高く,高値寄りに裾野が広い非正規分布を示す。TSH 0.75~1.5μU/mLくらいが最も高頻度で,約90%の健常人が<3.0μU/mL(20~60歳の基準範囲はおおよそ0.2~4.5μU/mL)である。また,TSHの基準範囲は年齢によって異なり,高齢者では基準値上限が上昇する1)。高齢者ではTSHの目標を3~6μU/mLくらいに設定する。チラーヂン®S(レボチロキシンナトリウム水和物)の服用を開始してTSHが安定するまでは6週間~2カ月必要である。再検査は,チラーヂン®Sの投与を開始してから1カ月はあけたほうがよい。
甲状腺ホルモン薬として現在使用できるのはチラーヂン®S,チロナミン®(リオチロニンナトリウム)の2種類のみである。チロナミン®は粘液水腫性昏睡のときに使用されることがあるが,原則はチラーヂン®Sのみで加療する。
チラーヂン®Sの吸収は,食事中の食物繊維,コーヒーなどによって阻害されるので就寝前または空腹時がよい(起床時で朝食前30分,または就寝時で食後3~4時間以降)。鉄剤,コレスチラミン,アルミニウムや亜鉛含有胃薬など,吸収に影響する薬剤は服用時間をずらす必要がある2)。
なお,患者の状態によって治療方法が異なるので注意が必要である。
①緊急治療を要する状態:妊娠中,新生児,幼児の甲状腺機能低下症。粘液水腫性昏睡。
②急激に甲状腺ホルモンを補充すると危険な状態:虚血性心疾患,高齢者。
③副腎不全の合併:グルココルチコイドの投与を数日行ってから,チラーヂン®Sを12.5~25μg/日から開始する。
④昆布,昆布だしなどの多食,ヨウ素含有鎮咳薬の常用など,ヨウ素の過剰摂取が疑われる場合は,これらを制限するだけで甲状腺機能が回復することが多い。
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