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特集:「インスリン離脱」成功症例を読み解く

No.5099 (2022年01月15日発行) P.18

河盛隆造 (順天堂大学名誉教授)

登録日: 2022-01-14

最終更新日: 2022-01-12

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1968年大阪大学医学部卒業。 ‘71~’74年トロント大学 Banting & Best研究所所員。‘74年より大阪大学第一内科医員,助手,講師を経て,’94~2008年順天堂大学医学部内科学・代謝内分泌学教授。

はじめに─インスリンは“最後の手段”ではない

2021年はインスリン発見100周年という記念すべき年にあたる。インスリンの発見は,抗生物質と並び,20世紀の医学の中でも特筆すべき成功のひとつである。インスリンは,不治の病とされていた1型糖尿病の予後を劇的に改善させたのみならず,インスリンの研究は,ホルモン学,内分泌学,医学,科学全般の研究の嚆矢となったと言えよう。その詳細に関しては,本誌No.50691)に記載させていただいた。

1型糖尿病患者ではいまだにインスリン療法が生存のために必須である。しかし,近年のインスリン製剤の多様化,血糖自己測定器の進歩とそのデータの活用により,患者本人が食事内容・量,身体活動の種類・時間などを勘案し,インスリン必要量を決めることができるようになった。的確なインスリン投与量を患者自ら調整し,低血糖も高血糖も少ない,健常人に近似した血糖応答を長期にわたって維持することも可能となりつつある。1型糖尿病患者においては,インスリン製剤をうまく活用できていると言えよう。

その一方で,ありふれた疾病,2型糖尿病においては,いまだにインスリンは“最後の手段”ととらえられ,一度開始すると,その後一生インスリンを続けなければならないケースが多い。しかし,適切なインスリン療法をタイミングよく開始すれば,その後インスリンを離脱することも十分可能である。

わが国でインスリン治療を受けている2型糖尿病患者数は150万人にも達するとされている。「夜半の低血糖が危惧されるため,十分量の持効型インスリン投与ができない」との理由で,インスリンを用いているのにHbA1cが8%程度,という例がその大多数を占めている。これではインスリン治療の効果を十分に活かし切れていないと言わざるをえない。

本稿では,血糖応答を正常な状態に近づけ,実際にインスリン療法を離脱できた患者例を挙げて,そのポイントを具体的に解説した。それらを参考にしつつ,“最後の手段”としてではなく,“離脱をめざした”インスリン療法をぜひ一度試みて頂きたい。

本稿で紹介する,インスリン離脱が成功した症例は以下の通りである。
【症例1】 健診で高血糖がわかっても,なかなか受診しなかった“糖尿病放置病”患者(46歳,男性,営業職,175cm,72kg)
【症例2】 食後高血糖の期間が短い患者(36歳,男性,自営業,176cm,73kg)
【症例3】 20年間経口血糖降下薬投与を受けてきた,周術期の高齢患者(78歳,男性,168cm,64kg)
【症例4】 32年間インスリン療法を受けていた高齢患者(82歳,男性,172cm,60kg)
【症例5】 ステロイドによる高血糖状況の2型糖尿病患者(48歳,女性,158cm,53kg)
【症例6】 抗GAD抗体陽性の1型糖尿病患者(62歳,女性,148cm,40kg)

2 インスリン離脱へのポイントをまとめると……

(1)離脱をめざすインスリン療法とは?
・食後血糖応答の正常化が必須。
・超速効型インスリンがカギである。毎食前に十分量を投与しても,夜間の低血糖への危惧が少ない。
・離脱しやすい患者は,食後高血糖期間が長くなかった患者,食後血糖応答を正常化できた患者。

(2)インスリンを中止する目安と離脱後のフォロー
・2型糖尿病患者で,毎食前のインスリン4単位程度投与で食後血糖応答が制御できており,かつ朝食前血糖値が120mg/dL以下に抑えられている患者。
・肥満の有無,食事内容,身体活動も勘案し,中止可能かを判断する。
・離脱したとしても,内因性インスリン分泌が低いことに変わりはないため,経口血糖降下薬を有効活用する。
・食前のα-グルコシダーゼ阻害薬で食後の肝へのブドウ糖流入を緩やかにする,メトホルミンで肝糖新生を抑え肝ブドウ糖放出率を低くする,DPP-4阻害薬でインスリン分泌を食後に高めその働きでグルカゴン分泌を抑える,などを症例に応じて的確に選択する。

1 インスリン離脱へのアプローチ

(1)離脱をめざしたインスリン療法では,食後血糖応答の正常化が必須

症例提示の前に,まずインスリン療法離脱への道筋とポイントを述べたい。

インスリン療法の離脱を目標にするには,毎食前に十分量の速効型インスリンを投与し,食後血糖応答の正常化を試みるべきである。

膵β細胞は,血糖値(BG)の上昇時には瞬時に十分量のインスリンを分泌する,下降時には分泌をシャットアウトする。この健常人の生理的なインスリン分泌に合わせることが必須であり,それを実現する毎食直前の超速効型インスリン投与により,食後血糖応答を制御するべく,インスリン投与量を緻密に調節したい。

現実に,的確にインスリン製剤を投与することで,SU薬極量でのHbA1c 8%以上の2型糖尿病に対する4週間の治療が,内因性インスリン分泌を回復させることを筆者は1989年に示した2)。その後も,臨床現場で,インスリン療法を外来で開始する際には,毎食前超速効型インスリン療法を実践して,数カ月以内にインスリン療法から離脱させることをめざし,実際にそのような例がとても多いことを発表してきた。

低血糖を必要以上に怖がらず,毎食前に十分量の速効型インスリンを投与し,食後血糖の正常化をめざすべきである。食後高血糖を抑え,食後血糖応答の正常化が実現できれば,高度に低下していた患者自身のインスリン分泌が回復する可能性が高まり,インスリン治療から離脱も可能である。

2型糖尿病のインスリン療法は,“足らないインスリン分泌量”を,“足らない時間帯”に,“過不足なく”的確に補充することが必須となる。毎食前の超速効型インスリン投与は,次の食前,夜間には投与インスリンの作用が消失していることから,低血糖への危惧が少ない。主治医にとっても安心な治療法である。一般に広く用いられている持効型インスリン1日1回投与に比べ,安心かつ効果が強い。

また,インスリン療法を実践して,インスリン療法から離脱しやすい患者は,①食後高血糖の期間が長くなかった患者,②インスリン療法により,食後血糖応答を正常化できた患者であることが多数例から経験的に知られている。“インスリン分泌は回復する”と患者を勇気づけて実行していきたい。

(2)インスリンを中止(離脱)する目安

肥満のない健常人は,夜間,食間には1時間1単位のインスリンが分泌され,肝ブドウ糖放出率と筋などのブドウ糖取り込み率を一致させて正常BGを維持する。食事摂取時には,BG上昇に一致し,タイミングよくインスリン分泌が高まり,計10~20単位が分泌され,肝ブドウ糖取り込み率と筋などのブドウ糖取り込み率を高め,食後もBGは150mg/dLを超すことはない1)。2型糖尿病患者で毎食前のインスリン4単位程度投与で食後血糖応答が制御でき,かつ朝食前BGが120mg/dL以下に抑えられていれば,内因性インスリン分泌が回復し,かつ肝,筋でのインスリンの働きが高まっていることを示している。したがって,肥満の有無,食事内容,身体活動の程度なども勘案し,インスリン注射を中止できるかを判断したい。

(3)中止後のフォロー

インスリン療法から離脱できたとしても,内因性インスリン分泌が低い状況には変わりないことから,食前のα-グルコシダーゼ阻害薬で食後の肝へのブドウ糖流入を緩やかにする,メトホルミンで肝糖新生を抑え肝ブドウ糖放出率を低くする,DPP-4阻害薬でインスリン分泌を食後に高めその働きでグルカゴン分泌を抑える,などを症例に応じて的確に選択する。それらの経口薬を有効利用し,食後高血糖を抑制し続け,少ない内因性インスリン分泌を維持することが求められる。

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