事業者は,労働者の健康診断に関連した法律〔労働安全衛生法(以下,安衛法)第66条〕に従って,一般健康診断,特殊健康診断,業務内容によって通達で実施するように示された健康診断を実施する義務があります。
労働者が年に1回受診する定期健康診断は,一般健康診断にあたります。厚生労働省の資料によりますと,全国の労働者の定期健康診断における有所見率はこれまで一貫して上昇しています(図1)。身近な例えに置き換えてみますと,2019年頃には,皆様の職場で働いている人のうち,半数以上が健康診断で何らかの所見を指摘される状態になっていた,ということになります。この傾向は今後も続くことが予想されます。
厚生労働省による定期健康診断結果報告の年次報告を見ますと,健診項目の中でも,脳・心疾患といった業務起因性の疾病要因となりうる動脈硬化に係る血中脂質の有所見率は,この10年以上30%台を推移し,他の健診項目(肝機能障害15%前後,貧血7.5%前後,血糖異常10%前後)に比べて高くなっています。
2008年から,「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき,メタボリックシンドロームに関連した特定健康診査(特定健診)を行い,対象者に特定保健指導を行うことが医療保険者に義務づけられました。血中脂質は,この特定健診の実施項目の1つにもなっています。特定保健指導は,内臓脂肪蓄積の程度とリスク要因の数によって対象者が決められていますが,この制度が導入された2008年以降も血中脂質の有所見率は減少しておらず,現行の制度だけでは十分とは言えない状況です。
その要因の1つに,特定保健指導実施率の低さが挙げられます。厚生労働省の発表では,2017年度の特定健診は,対象者数約5388万人に対し受診者数約2858万人で,実施率は53.1%でした。一方,特定保健指導は,対象者数約492万人に対し終了者数は約96万人で,その実施率は19.5%と低い水準にとどまっています。保険制度別では,市町村国保25.6%,共済組合25.5%,健康保険組合21.4%となっている一方,全国健康保険協会(協会けんぽ)13.2%,国保組合9.3%,となっています。
小規模事業所や自営業者は協会けんぽや国保組合に含まれることが多く,これらの対象者は健康診断の事後のフォローも十分とは言えない状況にあります。こうした方々が健診で異常値を指摘された際に,特定保健指導に代わって最初の相談先としてアプローチできるのが,プライマリ・ケア医(家庭医)です。
特定保健指導が進まない理由に関する,興味深い報告があります。特定保健指導対象者は,【“私という領域”がある】【私には“良好な健康”より大切な生きがいがある】【私に限定せずに必要な人への活動を望む】という3つの要素が相互に影響しながら,現在の身体状況を健康ととらえる健康観が根底にあるために,特定保健指導の利用が進まない,このため,対象となる人の健康観を考慮した支援を行うことが重要1),というものです。まさに家庭医がトレーニングを受けている,“人を全人的に理解し,その上で医学的な妥当性やその人の価値観とのすり合わせを行いながら,バランスの取れた意思決定を行い,その人やその人の周りの家族に寄り添っていく”というあり方そのものではないでしょうか。
また,安衛法第66条では,事業者は健康診断等の結果,対象となる労働者に関して就業上の措置について3カ月以内に医師または歯科医師の意見を聴かなければならないと定められていますが,健康診断個人票には「就業制限基準」が考慮されずに「通常勤務可」と書かれているために,現場で混乱をまねくことがあります。
HbA1cが14%を超えていることを健康診断で初めて指摘されるということも実際にはあります。健康診断の結果を伝える場で,生活改善につながるような助言ができればよいのですが,結果のみが郵送されるような場合には,労働者にその検査結果の重みが伝わらず,また,健康診断個人票に「通常勤務可」と書かれているために,事業者もそのまま何の対策もとらずに勤務を許してしまうこともあります。そしてある日,その方が倒れてしまったらどうなるでしょうか。
運よく産業医がダブルチェックでその異常値を拾い上げて,適切な対応ができればよいのですが,産業医へのアクセスが難しい小規模事業所や自営業者では,このチェック機構がありません。このため,健康診断を実施する医師でもあり,健康診断における異常を最初に相談される立場でもあるプライマリ・ケア医(家庭医)の果たす役割には,大きな意味があります。
日本プライマリ・ケア連合学会のプライマリ・ケア医(家庭医)は,予防医学や行動変容を用いた医療面接などのトレーニングも受けています。健康診断や事後措置においても,産業医の視座とかかりつけ医の視座,双方の視座を生かしたプライマリ・ケア医(家庭医)の適性が生かされるものと思います。
【文献】
1) 赤堀八重子, 他:日看科会誌. 2014;34(1):27-35.