チルゼパチドは,単一分子でありながらGLP-1とGIPの2つの受容体を同時に活性化しうるように設計されています1)。GLP-1,GIPは共に食事応答性に消化管内分泌細胞から分泌されて,膵β細胞からの血糖依存的インスリン分泌を増強します。しかし,慢性高血糖下ではGIPのインスリン分泌増強作用が著しく減弱すること,またGIPが脂肪細胞へのエネルギー蓄積促進から肥満を助長することから4),当初,多くの企業がGLP-1の臨床応用に注力しました。しかし,生理的濃度をはるかに超える薬理学的濃度のGIPが食欲抑制,減量効果を発揮することが明らかとなり,近年,創薬標的としてGIPに対する関心が高まっています。筆者らは薬理学的濃度のGIPがレプチンと協同的に弓状核において摂食抑制を司るproopiomelanocortin(POMC)神経を活性化し,食欲抑制,減量効果を発揮することを報告していますが5),2型糖尿病を対象としてチルゼパチドの食欲抑制,減量効果について検討した臨床研究では,チルゼパチドが空腹感を減じ満腹感を増加させることで,主に脂肪重量を減らすことに加え6),同薬の減量効果が食欲抑制のみならず,いまだ解明されていない代謝亢進の関与も示唆されています7)。
チルゼパチドはGIP受容体に対してGIPと同様の用量反応を示す一方,GLP-1受容体に対してGLP-1に比べて10倍近く反応性が低いことが示されています1)。チルゼパチドが著明な血糖改善効果,減量効果を有することから,GLP-1受容体作動薬以上に心血管や腎に関してadditional benefitsを期待する声もあります。しかし,GIPに関する基礎研究から得られた知見をふまえると,チルゼパチドにおいてadditional benefitsが期待できるかは不明であり4),質の高い臨床研究による評価が待たれます。また,チルゼパチドについては既存のGLP-1受容体作動薬と類似した安全性プロファイルが示されていますが2)3),GIP受容体を活性化しうる新たな薬剤クラスとして,悪心や嘔吐など消化器症状,高齢者におけるフレイル・リスクなど予測しうる有害事象に加え,予期せぬ有害事象を生じる可能性も念頭に置いて慎重に使用して頂きたいと思います。
【文献】
1) Nogueiras R, et al:Nat Metab. 2023;5(6):933-44.
2) Inagaki N, et al:Lancet Diabetes Endocrinol. 2022;10(9):623-33.
3) Kadowaki T, et al:Lancet Diabetes Endocrinol. 2022;10(9):634-44.
4) Seino Y, et al:J Diabetes Investi. 2013;4(2): 108-30.
5) Yabe D, et al:Diabetes Obes Metab. 2023;25 (2):398-406.
6) Han W, et al:Diabetes Obes Metab. 2023;25 (6):1534-46.
7) Heise T, et al:Diabetes Care. 2023;46(5):998-1004.
【回答者】
矢部大介 岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学教授