ヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)とは「社会要因,財政システム,組織の構造やプロセス,医療技術,個人の行動などが,医療へのアクセス,医療の質とコスト,そして最終的には,我々の健康とウェルビーイングにどう関係しているのかを探る学際的な科学的研究」である1)。小児医療に関するHSRでもその基本は変わらない。また小児医療関係者は日常的に学校保健や予防接種,虐待対応などで多様な保健医療サービスに接する機会を持つため, HSR的な視野を持っている人が少なくない。しかし,実際にHSRを実践する人はほとんどいない。
子どもにおけるHSRは,成人領域に比べると非常に遅れているというのが世界的な現状である。成人に比べ,非常に多様な領域にわたる子どもの保健医療サービスを領域横断的に見渡し,評価するための基盤が未整備であることが一因とされている2)。しかし子どもの保健医療サービスを蔑ろにして,国に未来があろうはずはない。
私は幸運にも,大学院時代にHSRを指導して頂く機会に恵まれ,今も主な研究テーマとして実践し続けている。浅学ながら自分の知見を通して,HSR関係者には子どもの保健医療サービスにはどのような特徴があるのか知って頂き,小児医療関係者にはHSRを実践するにはどういった考え方が必要なのかに触れて頂き,幅広い領域の方々が子どものHSRに携わって頂くきっかけとなるのが,本稿の目的である。
子どもに対する保健医療サービスは様々な面で成人のそれと異なっており,同様のサービスを提供し,同様の項目を測定して評価することができない。この違いは,小児HSRの先駆者らにより“4つのD”として整理されてきた3)。以下に詳述する。
子どもと成人の保健医療上の最大の違いは,疾病構造にあると思われる。生活習慣病や悪性疾患は明らかに年齢を経るにつれて増える。しかし保健医療サービスを受ける頻度が子どもは低いかと言うと一概にそうでもなく,感冒や胃腸炎による受診は低年齢児では非常に多い。また,小学校就学前までは予防接種や乳幼児健診もかなり頻回に行われる。就学後にも学校健診があり,成人よりも受診割合は圧倒的に高い。このように子どもに対する保健医療サービスは成人と大きく異なり,予防医療やプライマリ・ケアに重心が置かれている。
疫学上の違いとしては,ある集団の中での人口比が成人とは大きく異なることは留意すべき問題である。イメージしやすいところでは,市町村によって小児の人口比率は大きく異なり,保健医療サービスの提供体制もこれに合わせて変化する。たとえば少子化地域では病院小児科は採算性が悪く,極端な場合は維持できない。国際的には,貧困層のほうが小児の人口比率が高いことが注目されている。
日本は国民皆保険制度や,マル福などの小児の医療費助成が充実してはいるものの,貧困は「ひとり親世帯」や健康意識などと密接に関係するため,保健医療サービスの利用状況や健康アウトカムに重大な影響を与えるだろう。
子どもは成長過程にあり,成長に応じた保健医療サービスの提供が必要である。生後まもなく行われる先天性代謝疾患や難聴のスクリーニングに始まり,乳幼児期は健診と予防接種,学童期から思春期にかけては学校養護やスクールカウンセリングも保健医療サービスの一環である。心理社会的発達段階に合わせたヘルスリテラシー教育も非常に重要である。乳幼児期の手洗いやうがい,歯磨きは子どもの疾病予防に大きく貢献する。また,この成長の行きつく先は,成人期である。子どものうちに早寝早起きといった基本的な生活習慣を身につけさせ,健康教育・性教育・食育を行うことは,その先に数十年続く成人期の健康状態を左右する重大なテーマである。
さらに,身体的あるいは心理社会的な成長自体が保健医療サービスの目的となりうることも,成人とは異なる大きな特徴である。
子どもへの保健医療サービスの提供には,必ず保護者の介在が必要である。前述の通り,受療行動や健康状況は家族のヘルスリテラシーや経済状況,あるいは兄弟構成などに影響を受ける。HSR研究を行う場合,家族因子を考慮する必要がある場合が多くなる。また,保健医療サービスを提供する場合,その内容や目的が(患者本人ではなく)家族支援となることもある。
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