甲状腺ホルモンの合成,分泌障害,細胞内での作用の障害により生体に必要な甲状腺ホルモンが低下した状態。原因としては慢性甲状腺炎が多い。バセドウ病や甲状腺悪性腫瘍の術後,亜急性甲状腺炎および無痛性甲状腺炎の回復期,稀ではあるが中枢性甲状腺機能低下症,チロシンキナーゼ阻害薬,免疫チェックポイント阻害薬など薬剤性もある。
遊離サイロキシン(FT4),甲状腺刺激ホルモン(TSH)を測定し,TSHが基準範囲以上でFT4が基準範囲内は潜在性甲状腺機能低下症,FT4が基準範囲以下は甲状腺機能低下症と診断する。TSHの基準範囲はキット間の差を是正する目的でハーモナイゼーションが行われ,20~60歳では0.61~4.23μIU/mLである。
甲状腺機能低下症が可逆性かどうかを判断する。昆布類の過剰摂取,ヨウ素を含む咳嗽薬の長期使用など,ヨウ素過剰によるものは,制限するだけで正常化する。卵管造影剤で起こる機能低下症は可逆性である。薬剤性の場合は,可能であればその薬剤を中止する。
副腎不全がある場合は,副腎皮質ホルモン薬を先に投与してからチラーヂンⓇS(レボチロキシンナトリウム)を開始する。
潜在性甲状腺機能低下症でTSH 10μIU/mL未満で,特に自覚症状がない場合,近い将来妊娠の希望がない場合は,当初は2~3カ月ごとに経過観察を行う。潜在性甲状腺機能低下症でもTSHが10μIU/mL以上では治療を開始する。
亜急性甲状腺炎,無痛性甲状腺炎の回復期にみられるものは多くは一過性であるが,倦怠感,浮腫などの症状が強い場合は,短期間チラーヂンⓇSを投与する。
問診で甲状腺機能低下症の期間が長い場合,高齢者,虚血性心疾患を有する患者では,チラーヂンⓇSを12.5~25μg/日から開始し,ゆっくり増量する。
40歳以下で虚血性心疾患がなければチラーヂンⓇS 50μg/日から開始する。また,妊婦では甲状腺機能低下症が児の発育に影響するので,初めから十分量を投与する。
鉄剤,カルシウム製剤はチラーヂンⓇSの吸収を抑制するので,4時間以上あけてから服用する。チラーヂンⓇSの吸収は食事,コーヒーなどの影響を受けるので,起床時または就寝前服用が推奨されている。
甲状腺機能のコントロールの目標は,機能低下症の原因によって異なる。慢性甲状腺炎による場合は,TSHの正常化をめざす。TSHは,FT4が基準範囲内に入っても正常化にはタイムラグがある。チラーヂンⓇSを増量してTSHが安定するまで6週間必要である。超高齢者ではTSHの基準範囲が少し上方にシフトするので,TSHの上限は8μIU/mLくらいまでは許容範囲である。
年齢が20~60歳で非妊娠時の患者で,甲状腺癌やバセドウ病の全摘後,バセドウ病131I内用療法後の機能低下症のような残存甲状腺がない,または少量の場合は,TSHを軽度抑制する(TSH基準範囲下限からその1/10になるようにコントロールする1))。これは,TSHを基準範囲内にコントロールした場合は低T3となるためである。
妊娠初期はhCGの作用でFT4が軽度上昇,TSHが軽度低下する。その後妊娠中期からFT4は低下傾向,TSHは回復する。妊娠中は妊娠週数ごとの基準範囲にコントロールすることが望まれるが,基準範囲が設定されていない場合は,TSHを妊娠初期は1~2.5μIU/mL以下,中期以降は1~3.0μIU/mL以下にコントロールする。
稀ではあるが,中枢性甲状腺機能低下症では,TSHは指標にならないので,FT4を基準範囲内にコントロールする。
チロナミンⓇ(リオチロニンナトリウム)との併用は,現在のところ推奨されていない。
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