過敏性腸症候群(IBS)の有病率は約10%,そのうち下痢型IBSは約30%を占める。IBSの病態にはストレスや心理的要因が関与しており,重症度にも関連している。また,抑うつ・パニック障害・不安障害などの精神疾患を併発していることも少なくない。
一般的に下痢型IBSの治療は食事内容の見直し,適度な運動などの食事・生活習慣改善の指導とともに,整腸剤,5-HT3拮抗薬,消化管運動機能調整薬,抗コリン薬,止痢薬,漢方薬,さらには抗うつ薬,抗不安薬を使用し治療する。漢方薬は半夏瀉心湯,桂枝加芍薬湯,六君子湯,真武湯,五苓散などが用いられるが,当院ではビジネス街という立地柄,症状に加えストレスや不安を抱えている方が多く,下痢に加え腹痛・腹満感を有する患者に半夏瀉心湯を選択することが多い。
当院における下痢型IBS患者33人に対し症状別に半夏瀉心湯投与群,5-HT3拮抗薬投与群,半夏瀉心湯+5-HT3拮抗薬投与群(単剤で症状改善が認められなかった10人)に分けて症状の推移を比較した(出雲スケールQ13-15を用い症状をスコア化)。半夏瀉心湯,5-HT3拮抗薬単独でも症状の改善を認め,また,症状の深刻な患者では両薬投与により顕著に症状軽減を認めている(表)。
IBSの病態はストレス・腸内環境・腸管粘膜微小炎症・心理的異常・神経伝達物質などが関与すると言われており(「機能性消化管疾患診療ガイドライン2020 過敏性腸症候群(IBS)」),これらがお互いに関与し合って症状を誘発していると考えられている。7つの生薬で構成される半夏瀉心湯は胃腸運動改善・鎮痛・止瀉作用のほか,抗ストレス・向精神・鎮静作用や抗アレルギー・抗炎症作用なども期待でき,消化器症状だけでなく精神的ストレスや不安障害,パニック障害を抱えた下痢型IBSに有効であると考える。
下痢型IBSで腹痛,腹満感に不安感・精神的ストレスを抱えている患者に向精神薬投与前の一手としておすすめしたい漢方である。