産後1カ月から6カ月にかけて心身の不調があり,強い疲労感,不眠,食欲不振,育児不安,自責感から絶望感,希死念慮まで至る状態を「産後うつ」と呼ぶ。産後2週からすでに兆候が現れているとして,産後2週間健診が公費で開始される根拠の一つである。早急な介入が必要であり,本人の健康はいうまでもなく,将来的な児の愛着形成にも影響を及ぼすといわれ,重要な疾患として扱われるようになった。家族だけでなく,産婦人科医,助産師をはじめ,精神科医,臨床心理士やソーシャルワーカー,自治体の保健師,母子保健担当部署など母子保健に携わる多職種での対応が求められることも多い。
本症例は今後産後うつに移行する可能性があり,まずは周囲が支援し,ゆっくり休養をとれるように配慮することから始め,補剤である人参養栄湯を用いた。人参養栄湯は貧血改善と産後うつ予防に効果があるとの報告がある1)。咳嗽は漢方的には器質的疾患,感染症から起こるものへの処方と,体力低下を伴うものへの処方に分けられるが,平井らはフレイルを伴うCOPD患者への人参養栄湯投与にて,食欲だけでなく,抑うつや不安の改善に効果があったとしている2)。長引く咳嗽についての原因検索は重要であるが,本症例においては全身状態の改善とともに消失した。
本症例では,甘麦大棗湯を頓用で用いた。甘麦大棗湯の条文は「婦人の蔵躁,しばしば悲傷して哭せんと欲し,かたち神霊のなす所の如く,しばしば欠呻す。甘麦大棗湯これを主る」とある。甘草は急迫を治すといわれ,転じて急に涙が出るなど,精神的に不安定な症例に頓用で用いて効果がある。甘草の総量が多くならないよう,1日2回までとしている。それ以上の使用が必要となる場合は抗うつ薬の併用,精神科受診などが必要な病状ともいえる。
産後うつと一言でいっても,本人のパーソナリティや環境から,それぞれ効果のある処方は異なるかもしれないが,患者に寄り添う形の漢方を用いた診療が患者の体力や気力を支え,母児の健康に役立つ可能性は十分にあると考えられる。