【Q】
脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide:BNP)やBNP前駆体N端フラグメント(N-terminal fragment of proBNP:NT-proBNP)は,循環器内科医のみならず多くの臨床医が用いるバイオマーカーとなりました。日本心不全学会でも「血中BNPやNT-proBNP値を用いた心不全診療の留意点について」というステートメントを出していますが,なかなかこのステートメントのようにクリアカットにわけられないのが実状です。心不全症状もなく,BNP値が300pg/mLを超えている高齢者(血清クレアチニン値は正常)の心房細動に対して,BNPガイド下で積極的な治療をすべきかどうか,兵庫県立尼崎総合医療センター・佐藤幸人先生のご教示をお願いします。
【質問者】
赤石 誠:北里大学北里研究所病院副院長・循環器内科部長
【A】
BNP, NT-proBNPは心不全において,急性心不全,慢性心不全の診断補助,リスク評価,治療効果判定に用いられてきました。心臓への壁応力以外に数値を上昇させる因子として高齢,腎不全,心房細動合併が報告されており,肥満は数値を低下させます。このような観点より,様々な母集団によるカットオフ値が乱立した経緯があります。
たとえば,急性心不全ひとつとっても,rule out値とrule in値が報告され,慢性心不全,一般住民健診ではまた異なるカットオフ値が報告されました。カットオフ値の整合性をとろうとしたガイドライン自体も,国や年代によりカットオフ値が異なるといった状況でした。
しかし,このような様々な場面で異なる基準値は,臨床面では非常に使いにくく,プライマリケアに生かすべく登場したバイオマーカー本来の目的ともかけ離れた方向性です。そこで最近,日本心不全学会は,プライマリケアを意識して各母集団での論文を読み込み,目安としての数値を学会ステートメントとして提示しました(http://www.
asas.or.jp/jhfs/topics/bnp201300403.html)。
注意点として,カットオフ値より1pg/mL低ければ心不全ではなく,また1pg/mL高ければ心不全であるということではなく,必ず臨床症状に組み合わせることが前提です。次に,ご質問のように高齢,心房細動により修飾を受けるので,絶対値の持つ意味が個人間で異なります。さらには,安定した医学的状態においても,日々,BNP,NT-proBNP値は変動しており,その生物学的変動は25~40%程度と報告されています。したがって,個人の安定期の1.5~2倍以上の数値変動がないと,変動したとは言えません。
さて回答ですが,まず年齢についてはICON(International Collaborative of NT-proBNP)試験において検討され,急性心不全の診断にNT-pro
BNPを用いた場合,年齢によりカットオフ値を50歳以下450pg/mL,50~75歳900pg/mL,75歳以上1800pg/mLとすると,positive predictive valueを90%近くまで上げることが可能なことが示されています(文献1)。
次に心房細動ですが,最近報告されたBACH(Biomarkers in Acute Heart Failure)試験において,心房細動合併ではBNP,NT-proBNPの心不全診断力がAUCそれぞれ0.754,0.724と,心房細動を合併しないとき(AUC=0.912,0.893)と比較してかなり低いことが示されました。また心房細動合併時の心不全診断のカットオフ値はBNP 490pg/mL,NT-proBNP 3460pg/mLと報告されました(文献2)。
これらを総合すると,心不全症状のない心房細動患者でBNP 300pg/mLの高齢者は,経過観察でよいと思われます。
【文献】
1) Januzzi JL, et al:Eur Heart J. 2006;27(3):330-7.
2) Richards M, et al:J Am Coll Cardiol. 2013;1(3): 192-9.