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高齢悪性腫瘍患者の筋肉量減少と周術期リスク

No.4773 (2015年10月17日発行) P.59

海道利実 (京都大学医学部肝胆膵・移植外科学准教授)

登録日: 2015-10-17

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

高齢者の悪性腫瘍の手術が多くなってきました。筋肉量が減少し,歩行が遅い患者さんでは周術期のリスクが高いでしょうか。判断の基準と,より安全に手術を施行するための対策があれば,京都大学・海道利実先生のご教示をお願いします。
【質問者】
堀江重郎:順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学 教授

【A】

高齢化社会を迎え,今後ますます高齢者の悪性腫瘍手術症例が増加すると予想されます。
以前は高齢者の手術といいますと,主として心肺機能の低下が問題視されましたが,近年,筋肉量が減少し,歩行速度の低下などの身体能力が低下すること,すなわちサルコペニアが注目されています。サルコペニアとは,1989年にRosenbergにより提唱された概念で,骨格筋・筋肉(sarco)が減少(penia)していることを意味しています。
最近の研究で,種々の領域において術前サルコペニアは,術後合併症や死亡の危険因子であることが明らかになっています。また,サルコペニアは,その成因によって一次性サルコペニアと二次性サルコペニアにわけられます。前者は加齢に伴う筋肉量の減少であり,後者は活動性の低下(廃用)や低栄養,臓器不全や侵襲,腫瘍などの疾患に伴う筋肉量の減少です。したがって,高齢の悪性腫瘍患者は,一次性と二次性の両方のサルコペニアに該当するため,正しい評価と適切な介入が重要です。
まず評価ですが,欧州やアジアから代表的な診断基準が提唱されています。基本的には,筋肉量の低下に,筋力低下(アジアの基準では,握力が男性は26kg未満,女性は18kg未満)または歩行速度の低下(アジアの基準では,0.8m/秒で,横断歩道を1回の青信号で渡りきれるぐらいが目安)を伴うこととされています。筋肉量の測定方法として,CTやMR(第3腰椎や臍の高さの腸腰筋の断面積),体成分分析装置(body composition analyzer)のInBody720R やDEXA(dual-energy X-ray absorptiometry)などが用いられています。
これらの検査によって術前にサルコペニアと判断されたら,栄養士と理学療法士に相談し,栄養療法とリハビリテーションを開始して下さい。悪性腫瘍の患者さんは一刻も早く手術をしたほうがよいのですが,欧州の静脈経腸栄養学会(European Society for Clinical Nutrition and Metabolism:ESPEN)のガイドラインでも,低栄養の患者さんは手術を延期してでも術前10~14日の栄養療法を推奨していますので,状態が許せば適切な栄養管理の上で,筋力トレーニングを行って下さい。
「急がば回れ」ではありませんが,特に呼吸訓練や嚥下機能評価,理学療法は,術後肺合併症の軽減や早期離床に有用ですので,術後早期回復の観点からもお勧めします。
当科の最近の研究では,肝移植や肝癌,膵癌の術前にサルコペニアを合併している患者さんは,サルコペニアを合併していない患者さんより,術後生存率が有意に低く,またがんの場合は再発率が有意に高いことが明らかになりました。さらに,これらの疾患において,筋肉の量のみならず質の低下(筋肉の脂肪化)が予後不良因子であることを世界で初めて報告しました。したがって,サルコペニアは術後短期成績にも長期成績にも関わる重要な因子です。
高齢者の手術を安全に行い,術後長期生存を得るためにも,チーム医療で術前介入を行われることを強くお勧めします。

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