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抗リン脂質抗体症候群(APS)合併妊娠の管理

No.4781 (2015年12月12日発行) P.60

永松 健 (東京大学医学部産婦人科学講座講師)

登録日: 2015-12-12

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

血栓症既往があり,現行の診断基準を満たしている抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid antibody syndrome:APS)では,活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time:APTT)が既に延長し,通常量のヘパリンではAPTTが変化しない女性がいます。その一方で,習慣流産でなくても自己抗体の検索が行われ,1回の血液検査でAPSあるいはその疑いと診断される女性もいます。生殖補助医療専門クリニックでAPSの治療を受けている妊婦が産科施設に紹介された場合,どのような注意を払って管理したらよいでしょうか。
東京大学・永松 健先生のご回答をお願いします。
【質問者】
板倉敦夫:順天堂大学医学部産婦人科学講座教授

【A】

APSの周産期管理にあたっては,現行のAPSの診断基準(札幌クライテリア・シドニー改変)の十分な理解が必要です。つまり,診断基準を満たしていない症例に対して過剰な抗凝固療法を行うことは,副作用のリスクの観点から慎むべきです。特に検査基準の判断について,(1)検査基準となる抗リン脂質抗体(antiphospholipid antibodies:aPL)検査項目はループスアンチコアグラント,抗カルジオリピン抗体,抗カルジオリピンβ2GPI抗体の3種類であり,抗フォスファチジルエタノールアミン抗体など,ほかのaPL項目は含まれないこと,(2)それらの検査基準値の陽性の判断は「中程度以上の力価または99パーセンタイル値」であり,通常の検査基準値による判断とは異なること,(3)12週以上の間隔をあけて2回以上陽性が確認されていること,は重要です。また,臨床的既往がないaPL偶発陽性例,生化学(的)流産の反復例や不妊症例におけるaPL陽性の意義についてのエビデンスは確立されていないため,臨床基準についての拡大解釈は避けるべきです。
米国産科婦人科学会議(American Congress of Obstetricians and Gynecologists:ACOG)の診断基準に合致した妊娠女性に対する管理について,過去の報告およびACOGのPractice Bulletins(文献1)が示すように,血栓症の既往があるAPS合併妊婦(obstetrical APS:O-APS)のほうが,既往のない妊婦よりも妊娠合併症(妊娠高血圧症候群,胎児発育不全など)の発症リスクが高いことに留意が必要です。それをふまえて,血栓症の既往があるO-APSに対してはヘパリン(もしくは低分子ヘパリン)と低用量アスピリンの併用治療が推奨されます。
一方で,血栓症の既往がなく産科的既往のみの臨床基準によるO-APSに対しては,併用治療のほかに,低用量アスピリン単独での管理を行う選択肢もあります。ヘパリンの投与量について明確なエビデンスはありませんが,1万単位/日(5000単位を12時間ごとに皮下注射)が過去の多くの報告において一般的です。妊娠中の血栓症リスクが特に高いと判断される場合は,APTTの値を投与前の1.5~2倍となるようにヘパリンの投与量調節を行います。APSの疾患自体によりAPTTが延長している場合はその延長した値の1.5~2倍を目安としますが,出血のリスクを考慮して3万単位/日を超える使用は避けます。また,ヘパリン投与中は副作用の発現に留意し,特にヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia:HIT)の出現に注意を要します。
海外では低分子ヘパリンの使用が普及していますが,わが国では保険適用の観点から,ヘパリンカルシウムの自己皮下注射が第一選択となります。

【文献】


1) ACOG Practice Bulletins.132, 2012 Dec.

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