【Q】
近年,画像診断の発達により腹部CTで大動脈の広範な石灰化を伴う大動脈硬化の所見がしばしば認められる。大動脈硬化は粥状硬化であるので,このような症例では同じ粥状硬化をきたす冠動脈,脳底動脈にも同じ病変が進行しているか否かが懸念される。大動脈硬化,冠動脈硬化,脳底動脈硬化は同じ粥状硬化であり腹部CTの所見と相関して進行するものなのか。(長崎県 Y)
【A】
指摘されたように腹部CTにて大動脈に広範な石灰化が認められる場合,そのほかの冠動脈・脳底動脈・内頸動脈などにも同様に動脈硬化が波及している危険性が高いと考えられる。ここで重要なポイントは,動脈の石灰化は動脈硬化のプロセスでしか行われないということである。
石灰化のエビデンスとしては冠動脈石灰化(coronary artery calcification:CAC)スコアによるものが最も豊富である。CACスコアは心事故予測に有用であり,CACスコアが300以上の患者はCACスコア0の患者と比較して冠動脈疾患罹患率が10倍高いとの報告がある(文献1)。当院でも患者の層別化にCACスコアを積極的に活用している。
Wagenknechtら(文献2)の報告によると男性,糖尿病,高血圧,脂質異常症,心筋梗塞の既往などが頸動脈・冠動脈・腹部大動脈の石灰化の危険因子として挙げられている。つまり基本的には石灰化の危険因子は動脈硬化のそれであり,どの血管床でも同様と言える。米国の有名なコホート研究であるMESA研究によれば,CACと腹部大動脈石灰化をそれぞれ一方ではなく,両方とも有する割合が50%以上を占めていたと報告されている(図1)(文献3)。
その一方で,大動脈弓の石灰化は男性よりも女性に多く認められるという報告(文献4)や,喫煙・脂質異常症・性差(男性)はCACよりも腹部大動脈弓石灰化により強く影響を与えるなどの報告(文献3)もある。このように,動脈の部位により多少の危険因子の差異が認められるのも興味深いところである。
次に,腹部大動脈に高度石灰化が認められれば,冠動脈や脳底動脈にも高度石灰化が認められるのか,という問いについても,石灰化の程度の問題ではあるが,おおむねその通りであると言える。腹部大動脈石灰化スコアと頸動脈・冠動脈の石灰化スコアの間の相関係数はそれぞれ0.7程度であるとの報告が示されている。CACスコアと頸動脈石灰化スコアの相関係数は0.6と,腹部大動脈石灰化スコアとの関係と比較してやや低いようであるが相関は認められる(文献2)。
以上のことから「大動脈の石灰化は全身の動脈硬化の『氷山の一角』にすぎない」という認識でよいと思う。
1) Budoff MJ, et al:J Am Coll Cardiol. 2013;61 (12):1231-9.
2) Wagenknecht LE, et al:Am J Epidemiol. 2007; 166(3):340-7.
3) Michael HC, et al:Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2010;30(11):2289-96.
4) Odink AE, et al:Atherosclerosis. 2007;193(2): 408-13.