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甲状腺良性腫瘍に対するTSH抑制療法

No.4704 (2014年06月21日発行) P.65

戸田和寿 (がん研有明病院頭頸科副医長)

川端一嘉 (がん研有明病院頭頸科部長)

登録日: 2014-06-21

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

甲状腺良性腫瘍に対する甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH)抑制療法の適応と奏効率について。 (兵庫県 M)

【A】

TSH抑制療法は,限られた症例〔外科手術の適応外で,小さな(2.5cm以下)単発性の腫瘍〕で適応となりうるが,長期的にはその有効性は少ない。治療の際には甲状腺ホルモン薬投与による骨粗鬆症や心血管系の合併症に十分留意する必要がある。

(1)TSH抑制療法とは
甲状腺腫瘍の多くは濾胞細胞からなり,濾胞細胞の増殖はTSHに依存していることが知られている。TSH抑制療法は,甲状腺ホルモン薬,通常はT4製剤(levothyroxine:LT4)を投与することによってTSHを抑制し,甲状腺腫瘍の発育を抑えようとするものである。内科的治療として行われてきたTSH抑制療法の歴史は長いが,その治療効果は近年疑問視されてきている。良性の比較的小さな単発性結節例に用いられることが多い。ヨード欠乏地域における地方病性甲状腺腫には有効とする意見もあるが,ヨードが豊富なわが国において奏効例は少なく,10~20%とされている(文献1)。一方,甲状腺良性腫瘍においては自然縮小する症例があることも考慮すべきである。さらに最近では,TSH抑制に伴う潜在性甲状腺機能亢進症の状態は,骨代謝や心血管系に悪影響を及ぼす恐れが高いとされ,副作用の観点からも議論されるようになっている。

(2)甲状腺良性腫瘍に対するTSH抑制療法の効果
2010年発行の『甲状腺腫瘍診療ガイドライン』(文献2)では,「良性と診断された腫瘍に対するTSH抑制療法の実施は非実施に比べて腫瘍を縮小させるか?」とのclinical question(CQ)11に対し,「エビデンスはなく,診療に利用・実践すべきかコンセンサスは得られない」(推奨グレードC2)とした上で,「甲状腺良性結節に対する甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法は,1年以内の短期では有意な縮小が得られるとの報告が多いが,長期的にはその有効性は少なく,甲状腺ホルモン剤投与による心血管系や骨粗鬆症の合併症を考慮すると,甲状腺ホルモンによるTSH抑制療法は積極的に推奨できない」と回答している。
また,American Thyroid Association(ATA)のガイドライン(文献3)では,いくつかのランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)とメタアナリシスの結果から,ヨード欠乏地域においては,TSHを正常以下に抑制することにより,腫瘍径の縮小や新しい結節の出現を防止する効果が期待できるとしながらも,ヨード充足地域における効果は不確実で,50%以上の腫瘍縮小は17~25%の症例でしか認められないため,「ヨード充足地域での甲状腺良性結節に対するルーチンのTSH抑制療法は推奨されない」としている。
同様にAmerican Association of Clinical Endocrinologists, Associazione Medici Endocrinologi,and European Thyroid Association(AACE/AME/ETA)のガイドライン(文献4)では,細胞診で良性と診断された症例に対してのルーチンのTSH抑制療法は推奨しないと述べる一方,ヨード欠乏地域の若年者で,小さな非機能性結節を有する者に対しては,TSH抑制療法を考慮してもよいとしている。しかし,大きな結節や長期間存在する結節,TSHが正常下限以下(機能性結節)の患者,閉経後女性や60歳以上の男性,骨粗鬆症や心血管系の疾患,その他全身疾患を有する患者にはTSH抑制療法は行うべきではないとしている。

(3)TSH抑制療法の副作用
甲状腺ホルモンは骨代謝回転を促進することから,甲状腺機能亢進は骨粗鬆症,骨折の重要な危険因子である。TSH抑制療法による骨粗鬆症リスクは,閉経後女性において上昇するのに対し,男性や閉経前女性では影響が少ないとされる(文献5)。65歳以上の女性でTSH 0.1mU/L以下の抑制例では骨折のリスクが2~3倍に増加するとの報告もある(文献6)。また,長期間のTSH抑制療法により,男女ともに虚血性心疾患のリスクが有意に増加するとされる(文献7)。潜在性甲状腺機能亢進症の悪影響は年齢と相関するとされ,特に高齢者では心房細動のリスクが高く,副作用が出ても無症状であることが多いため,注意が必要である。
甲状腺良性腫瘍に対するTSH抑制療法は長期的にはその有効性は少ない。治療を施行する際は,年齢や全身合併症に十分留意し,臨床的効果が乏しければ安易に長期投与をするべきではないと考えられる。また閉経後の女性,高齢者に対しては治療中の定期的な骨密度測定や心機能評価が必要であり,場合によっては骨粗鬆症の治療(ビスホスホネート製剤の投与など)も考慮すべきである。

【文献】


1) 小原孝男:綜合臨. 2000;49(8):2217-22.
2) 日本内分泌外科学会,他:甲状腺腫瘍診療ガイドライン. 2010年版. 金原出版, 2010.
3) Cooper DS, et al:Thyroid. 2009;19(11):1167-214.
4) Gharib H, et al:J Endocrinol Invest. 2010;33(5 suppl):1-50.
5) Vestergaard P, et al:Thyroid. 2003;13(6):585-93.
6) Bauer DC, et al:Ann Intern Med. 2001:134 (7);561-8.
7) Biondi B, et al:Eur J Endocrinol. 2005;152(1): 1-9.

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