【Q】
FT3,FT4が正常値より高値を示し,TSHのみ正常値以下の患者2例に対応した。チラーヂンSやメルカゾールを投与し,FT3,FT4は正常値に治まったが,TSHのみ正常値以下となっている。
(1) FT3,FT4が正常値の場合はTSHも正常値の範囲内になるはずだと思うが,TSHのみ正常値以下となるにはどのような機序が考えられるか。
(2) チラーヂンSを用いるとFT3,FT4に代謝の変化が起こるために上記のような結果になると聞いた。この代謝の変化とはどのようなことか。 (高知県 F)
【A】
質問者は,当初は甲状腺中毒症を呈し,チラーヂンSとメルカゾールを投与してFT3とFT4は正常になったが潜在性中毒症をきたしている病態について質問していると思われる。詳細な病歴は不明であるが,亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎の経過中に中毒症からの回復の過程でこのような病態を呈することがある。本例はメルカゾールが投与されているので,Basedow病と考えて以下のように回答する。
(1)TSHのみ正常値以下となる機序
ご指摘のようにFT3とFT4が正常化した場合,TSHも正常範囲内に戻ってくるはずであるが,下垂体のTSH産生細胞がネガティブフィードバックから回復するにはメルカゾールにより甲状腺ホルモン産生が抑制されてからになるため,FT3 およびFT4 が正常化するよりも遅れる(文献1) のが通常である。したがって,今後経過とともにTSHが回復してくる可能性がまず考えられる。
次に,メルカゾールによりFT3 とFT4 が低下したが,併用されたチラーヂンSがTSHの上昇を下垂体レベルで抑えている可能性も考えられる。このときにはチラーヂンSを減量あるいは中止すればTSHは増加して正常範囲内に入ってくる。
提示された症例の詳細が不明なのであくまでも推察であるが,当初Basedow病があり,その後機能性結節を合併した場合(Marine-Lenhart症候群)や原疾患が機能性結節性病変(Plummer病やautonomously functioning thyroid nodule:AF TN)である場合では,メルカゾールによりFT3やFT4が正常範囲内になっても,機能性結節があるためTSHが抑制されたままということもある(文献1)。このときには123Iや99mTcによる甲状腺シンチグラフィーが診断の手がかりとなる。
そのほか,ステロイドなどの内服によりTSHが抑制される場合があり,FT3 ,FT4 が正常でもTS Hが低値という臨床像を呈することがある。
(2)チラーヂンによる代謝変化との関係
チラーヂンSはL-チロキシンNa製剤であるから,T4を補給することになり,末梢組織の脱ヨウ素酵素によりT3に変換される。この際,Basedow病のように1型脱ヨウ素酵素(D1)活性が高まるような病態では,組織内にT3の供給が増加してT SHにネガティブフィードバックがかかり,FT3がFT4に比べて高値でTSHが正常値以下になる可能性がある。
【文献】
1) Biondi B, et al:Endocr Rev. 2008;29(1):76-131.