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ピロリ菌除菌が逆流性食道炎に与える影響

No.4751 (2015年05月16日発行) P.59

上村直実 (国立国際医療研究センター国府台病院病院長)

登録日: 2015-05-16

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

食道裂孔ヘルニアがある患者で,ヘリコバクター・ピロリ感染があり,除菌対象となる場合について,ご教示下さい。逆流性食道炎の症状がある場合の除菌はどのように考えるべきでしょうか。除菌で胃酸が増加し,逆流性食道炎が増悪する可能性はありますか。 (千葉県 K)

【A】

薬物治療は患者に対する有用性(ベネフィット)とともに必ず副作用(リスク)を伴います。したがって,両者を秤にかけて,ベネフィットが上回ると考えられる場合に治療することが原則とされています。除菌治療には胃癌の抑制効果だけでなく,NSAIDsや抗血栓薬による重篤な出血性胃潰瘍の予防など,多くのベネフィットがあります。一方,リスクは一律でなく,個々の患者によって異なるのが特徴です。
ピロリ菌の除菌は組織学的胃炎の改善のみでなく,酸分泌能など胃の機能面にも大きな影響を与えます。欧米では,1990年代に除菌によって逆流性食道炎が増加するという懸念が報告されましたが(文献1),最近では除菌後に逆流性食道炎の統計学的な増加はないと結論づけられています(文献2)。しかし,わが国では除菌成功後に一過性の胸焼けの出現や逆流性食道炎の増加がみられる症例が報告されており(文献3),実際,臨床現場でも時に経験することです。特に,食道裂孔ヘルニアや体部胃炎を合併している場合は逆流性食道炎の発症リスクが高いことが知られており(文献4) ,食道裂孔ヘルニアを有する患者に対して除菌治療を行う場合には,「除菌後に胸焼けが出るかもしれませんよ」などという説明が必要です。
それでは,既に逆流性食道炎がある場合はどうでしょうか。胃酸分泌の亢進と食道裂孔ヘルニアに代表される下部食道括約筋圧の低下が逆流性食道炎の成因として有名です。除菌による胃酸分泌能の変化は,体部胃炎の有無により異なることが判明しています。
欧米に加えて日本でも,体部胃炎の少ない十二指腸潰瘍の患者では除菌後に胃酸分泌が低下して,逆流性食道炎がむしろ改善することもあります(文献5)。
一方,萎縮性胃炎が中等度で体部胃炎が出現している患者では,除菌後に胃酸分泌の回復,ないしは増加がみられます。その上,食道裂孔ヘルニアを合併している場合には,一過性の逆流症状や逆流性食道炎が発症,あるいは増悪する確率が高くなると言えます。
このように,胃内微小環境の違いやヘルニアの有無などの病態によっては,除菌が胃酸分泌を増加させたり抑制したりし,逆流性食道炎の発症や増悪を促進する可能性のみでなく,抑制する場合もあると考えられるのです。
なお,除菌後に発症した逆流性食道炎を長期観察した場合でも,軽症の食道炎が大多数であり,重症化することはほとんどないことが判明しています。
日本ヘリコバクター学会の診療ガイドラインでも,除菌による逆流性食道炎の発症増加や症状増悪をほとんど認めないため,逆流性食道炎の存在が除菌の妨げとはならない,とされており,患者にリスクを説明した上で除菌治療の施行を決定するのがベストでしょう。

【文献】


1) Labenz J, et al:Gastroenterology. 1997;112(5):1442-7.
2) Raghunath AS, et al:Aliment Pharmacol Ther. 2004;20(7):733-44.
3) Hamada H, et al:Aliment Pharmacol Ther. 2000;14(6):729-35.
4) Tsukada K, et al:Eur J Gastroenterol Hepatol. 2005;17(10):1025-8.
5) Ishiki K, et al:Clin Gastroenterol Hepatol. 2004;2(6):474-9.

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